豊国神社のご朱印
ご朱印

↑ 真ん中は「寿は南山に比し、福は東海の如し」と、
秀吉が使ったと伝えられる言葉
ご朱印

豊国廟

京都の神社・仏閣
豊国神社(とよくにじんじゃ)
【豊国神社の紹介サイトへ】

住所/〒605-0931 京都市東山区大和大路通正面茶屋町530
TEL/075−561−3802
アクセス
★電車/JR京都線「京都」駅から市バス「博物館三十三間堂前」下車徒歩約5分
     京阪「七条」駅より徒歩約8分
★車/名神「京都南」ICあるいは「京都東」ICより約15分
駐車場/約20台
境内自由  宝物館拝観料/300円
宝物館拝観時間/9:00〜17:00

鳥居
鳥居

御祭神は前関白太政大臣正一位豊臣秀吉公。京都十六社朱印めぐりの一つ。
1598年に63歳で亡くなった豊臣秀吉の遺体は、遺命により東山阿弥陀ヶ峯山頂に葬られ、翌1599年に方広寺の鎮守社として、中腹に秀吉公を祀る豊国社が創建された。後陽成天皇より正一位の神階と豊国大明神(ほうこくだいみょうじん)の神号を賜り、社領1万石、境内域30万坪を誇る壮大な神社であった。しかし1615年大坂夏の陣で豊臣家が滅亡するや徳川幕府により神号は廃され、社領は没収された。ようやく1868年明治天皇の御沙汰により再興が決定し、1880年に方広寺大仏殿跡地に社殿が造営された。唐門(国宝)は伏見城の遺構と伝え、二条城から南禅寺の金地院を経て移築されたもので、西本願寺大徳寺の唐門とともに国宝三唐門の一つとされている。またその両脇の石灯籠は、秀吉恩顧の大名が寄進したものである。()

唐門(国宝)
唐門(国宝)
拝殿と本殿
拝殿と本殿

豊国廟参道石碑
豊国廟参道石碑
鳥居
鳥居
鳥居
鳥居

豊国廟(ほうこくびょう) 豊臣秀吉の廟所(墓所)。
1615年、豊臣氏の滅亡と共に破壊され、風雨にさらされていた墳墓は、1898年(明治31年)豊太閤300年祭に際し、豊国会により全国からの募金で整備され、墳上には巨大な五輪石塔(高さ約10m)が建てられた。
正面の階段は489段。登拝料100円。
場所は、東山七条、妙法院智積院の間の道を東へ登り新日吉神宮を抜けさらに上り続ける。
プリンセスラインバス「京都女子大学前」バス停下車徒歩約15〜30分?()

豊国廟拝殿
豊国廟拝殿
豊国廟拝殿
豊国廟拝殿
豊国廟中門と石段
豊国廟中門と石段
五輪石塔
五輪石塔