修正鬼会 仁聞菩薩は、国家安泰・五穀豊穣・無病息災の諸願のため、六郷二十八ヶ寺の天台僧を集めて「鬼会式」六巻を下賜した。寺々は「鬼会式」を拝受し、祈願の大法要を勤修したことが修正鬼会の始まりと伝えられる。 鬼会は江戸時代まで各地で盛んに行われていたという。しかし近年では寺領や堂宇を失い一ヶ寺だけで盛大に執行することが不可能となってきた。現在では、西組・中組と東組によって実施されるのみで、東組の成佛寺と岩戸寺は隔年で行っている。 修正鬼会は宇佐神宮の荘園で会った国東六郷に八幡信仰と仏教が広められ、天台宗の修正会(正月行事・年頭祈願・新年の豊作を祈る農耕儀礼)と追儺(大晦日に悪疫をもたらす疫鬼を追い払う行事)が結びついたものと思われる。
成佛寺の修正鬼会は、昼の勤行(悪業懺悔・六根清浄)、夜の勤行(神仏への祈願)香水の舞、鈴鬼九手秘伝の法、最後に佛の化身荒鬼(災払鬼・荒鬼・鎮鬼)荒鬼大秘事の秘法を修し、本堂を飛び出し民家を回って加持祈祷を行う。鬼が走る夜を徹しての祈祷行事は、勇壮かつ厳粛であり、昔からの鬼会を忠実に守り伝承している。
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