金地院のご朱印
江戸三十三観音霊場 ご朱印

江戸三十三観音霊場

東京の神社・仏閣
金地院(こんちいん)

住所/〒105-0011 東京都港区芝公園3-5-4
TEL/03−3431−1026
アクセス
★電車/JR山手線・京浜東北線・東京モノレール「浜松町」駅から徒歩約16分
     都営地下鉄三田線「御成門」駅から徒歩約11分、「芝公園」駅から徒歩約12分
     都営地下鉄浅草線・大江戸線「大門」駅から徒歩約12分
     都営地下鉄大江戸線「赤羽橋」駅から徒歩約10分
     東京メトロ日比谷線「神谷町」駅から徒歩約8分
★車/首都高速「芝公園」ランプより約3分
駐車場/約10台(無料)
拝観料/無料  境内自由

寺号碑・札所碑
寺号碑・札所碑
石柱門・本堂
石柱門・本堂
表札
表札

臨済宗南禅寺派。山号は勝林山。本尊は聖観世音菩薩。
江戸三十三観音霊場第28番札所。南禅寺東京出張所。
開山は京都南禅寺の中興開山特賜円照本光国師以心崇伝(すうでん)。京都、駿府の金地院に遅れて1619年に崇伝の江戸における執務用の屋敷として建てられた。屋敷造営を生前に約束していた徳川家康を開基としている。
現在の北の丸公園の一角である田安御門内の代官町に建てられたが、1638年に増上寺の隣接地に移り、翌年に現在の芝の伽藍に移った。
1784年と1811年の大火で伽藍のほとんどが焼失し御祈祷殿として残った観音堂を本堂にしていた。ここには当時の本尊である如意輪観音菩薩が安置されていた。ところが1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲によって土蔵一棟を除いてすべてが焼失した。1954年(昭和29年)に現在の本堂が再建され、新たに伽羅の一本作りの聖観世音菩薩立像が本尊となった。()

境内
境内
地蔵尊
地蔵尊

金地院(こんちいん)崇伝(すうでん) 開山の崇伝(すうでん)は足利義輝の家臣一色秀勝の次男として生まれ、6歳の時に臨済宗南禅寺に入って出家し、抜群の学才が認められ1605年南禅寺第270世住職に37歳の若さでなった。そして応仁の乱で焼失した南禅寺の伽藍復興に力を注ぎ、法堂、方丈、山門、鐘楼を次々に再建し、五山制度の統括を通じて南禅寺の権威を高め、南禅寺の中興の祖といわれた。1626年に後水尾天皇から円照本光の国師号を賜った。
崇伝(すうでん)には大きな二つの事件が関わる。一つは方広寺の鐘銘に「国家安康」の四文字があり家康の名前を引き裂いているという方広寺鐘銘事件、もう一つは幕府が、大徳寺妙心寺などの紫衣勅許を無効としたことに反対した沢庵らを流罪にし、後水尾天皇譲位にまで発展した紫衣勅許事件である。
家康が亡くなるとき、遺言は本多正純と二人で聞いたといわれるほど家康の信頼が厚く、政治に関して多くの法度をつくり黒衣の宰相と呼ばれた。1633年正月20日に江戸城田安御門内にあった金地院において65歳で遷化した。()