増上寺のご朱印
御本尊 ご朱印

御本尊
江戸三十三観音霊場 ご朱印

江戸三十三観音霊場
朱印帳

東京の神社・仏閣
増上寺
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住所/〒105-0011 東京都港区芝公園4-7-35
TEL/03−3432−1431
アクセス
★電車/JR山手線・京浜東北線・東京モノレール「浜松町」駅から徒歩約10分
     都営地下鉄三田線「御成門」駅から徒歩約3分、「芝公園」駅から徒歩約3分
     都営地下鉄浅草線・大江戸線「大門」駅から徒歩約5分
     都営地下鉄大江戸線「赤羽橋」駅から徒歩約7分
     東京メトロ日比谷線「神谷町」駅から徒歩約10分
★車/首都高速「芝公園」ランプより約15分
駐車場/約10台
拝観料/無料
拝観時間/9:00〜17:00

三解脱門
三解脱門
大殿と東京タワー
大殿と東京タワー

浄土宗の七大本山の一つで、正式名は三縁山(さんえんざん)広度院(こうどいん)増上寺(ぞうじょうじ)
江戸三十三観音霊場第21番札所。
1393年浄土宗第八祖酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)上人によって、江戸貝塚(現在の千代田区紀尾井町)の地に浄土宗正統根本念仏道場として創建され、1598年に現在の地に移転した。江戸時代の初め源誉存応(げんよぞんのう)上人(後の「観智国師」)は徳川家康から深く帰依を受け、大伽藍が造営され、以降徳川家の菩提寺として、また関東十八檀林の筆頭として栄えた。
ここには二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂の、六人の将軍のお墓がある。()

大殿
大殿
光摂殿
光摂殿

(左上)大殿(だいでん) 1974年浄土宗開宗800年の記念事業として戦災に遭った本堂が再建された。

安国殿
安国殿
徳川家霊廟
徳川家霊廟

(左上)安国殿 徳川家康公の念持仏として有名な秘仏「黒本尊阿弥陀如来」(恵心僧都の作と伝えられる)が祀られている。
(右上)徳川家霊廟 徳川将軍家墓所。門は旧国宝で「鋳抜門」とよばれ、もと文昭院殿霊廟(六代将軍 徳川家宣公)の宝塔前『中門』であったもの。左右の扉に五個づつの葵紋を配し、両脇には昇り龍・下り龍が鋳抜かれている(青銅製)。
増上寺は東京上野の東叡山寛永寺(天台宗)と共に徳川将軍家の菩提寺で、当山に埋葬されているのは、二代秀忠公・六代家宣公・七代家継公・九代家重公・十二代家慶公・十四代家茂公の六人の将軍のほか、崇源院(二代秀忠公夫人)、皇女和宮さま(十四代家茂公夫人)ら五人の正室、三代家光公側室桂昌院(五代綱吉公実母)はじめ五人の側室、及び三代家光公第三子甲府宰相綱重公ほか歴代将軍の子女多数が埋葬されている。旧徳川将軍家霊廟は御霊屋ともよばれ、増上寺大殿の南北(左右)に立ち並んでおり、いずれも戦前国宝に指定されていたが、1945年の二度にわたる空襲直撃でほとんどが焼失し、わずかに残った建物もその指定を解除された。

鐘楼堂
鐘楼堂
西向聖観世音菩薩
西向聖観世音菩薩

(左上)鐘楼堂 1633年に建立されたが焼失し、戦後に再建されたもの。大梵鐘は1673年に品川御殿山で椎名伊予守吉寛により鋳造された。徳川四代将軍家綱の意向で、奥方のかんざしまで寄与され、七回の鋳造を経て完成したもので、江戸三大名鐘の一つに数えられ、東日本では最大級として知られている。

千躰地蔵尊
千躰地蔵尊
熊野神社
熊野神社

(左上)千躰地蔵尊 子育て安産に霊験あらたかとされる西向観音にちなみ、子供の無事成長、健康を願い1975年より順次奉安されている。
(右上)熊野神社 1624年第十三世正誉廓山上人が熊野権現を増上寺鎮守として東北の鬼門に勧請したもの。