法起寺のご朱印
ご朱印

奈良の神社・仏閣
法起寺(ほうきじ)
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住所/〒636-0102 奈良県生駒郡斑鳩町岡本1873
TEL/0745−75−5559
アクセス
★電車/JR大和路線「法隆寺」駅から徒歩約40分
        あるいは奈良交通バス「法起寺前」バス停下車 徒歩約3分
      近鉄「奈良」駅・「郡山」駅・「筒井」駅、JR「奈良」駅・「王子」駅から
        奈良交通バス「法起寺口」バス停下車 徒歩約15分
★車/西名阪自動車道「法隆寺」ICから約15分
駐車場/30台(無料)
拝観料/300円
拝観時間/8:30〜17:00(2/22〜11/3)
       8:30〜16:30(11/4〜2/21)

西門
西門
聖天堂
聖天堂

通称、岡本尼寺(おかもとにじ)・岡本寺・池後寺(いけじりでら)・池後尼寺と呼ばれる。
この寺は、606年に聖徳太子が法華経を講説したという岡本宮(おかもとみや)を寺に改めたものと伝え、法隆寺四天王寺中宮寺などとともに太子御建立七カ寺の一つに数えられる。
創建の由来は『聖徳太子伝私記』に記録する当寺の三重塔にあった露盤銘(ろばんめい)よって判明する。それによると、622年聖徳太子はその薨去(こうきょ)に臨み、長子の山背大兄王(やましろのおおえのおう)に宮殿(岡本宮)を改めて寺とすることを遺命し、山背大兄王(やましろのおおえのおう)大倭(おおやまと)国田12町、近江国の田30町を施入したという。その後、638年に福亮(ふくりょう)僧正が聖徳太子のために、弥勒像一躯と金堂を造立し、685年には恵施(えせ)僧正が宝塔の構立を発願し、706年に塔の露盤を作ったとしている。このことは近年の境内発掘調査の結果、前身建物の遺構の一部が確認されており、当寺建立以前に岡本宮と見られる宮殿が存在していたことが明らかとなった。同時に、中門を入って右に三重塔、左に金堂、中央正面奥に講堂があり、廻廊は中門左右から堂塔を囲み、講堂の左右に接続する様式の伽藍であったと推測されている。()

講堂
講堂
鐘楼跡
鐘楼跡

当寺のことは、『正倉院文書』や『日本霊異記』にも見え、奈良時代には相当栄えていたようだが、平安時代から法隆寺の指揮下に入り、寺運も徐々に衰微したが、鎌倉時代には講堂や三重塔が修復されている。しかし室町時代に再び衰え、江戸時代のはじめごろには三重塔のみを残すのみであったという。その荒廃を憂いた寺僧の真政圓忍(しんせいえんにん)とその弟子たちは、1678年に三重塔を修復し、それ以降も浄財を集め、1694年に講堂を再建、1863年に聖天堂を建立し、現在の寺観が整えられた。明治維新後は、法隆寺とともに真言宗の所轄となったが、1882年(明治15年)法隆寺興福寺とともに法相宗に独立したのにともない法相宗の小本山となった。しかし1950年(昭和25年)法隆寺が聖徳宗を開宗したため、当寺も聖徳宗の本山の一つになっている。()

三重塔
三重塔
三重塔
三重塔
三重塔
三重塔

(上)三重塔 国宝。706年に建立されたとする現存する我国最古の三重塔として名高い。
世界最古の木造建築として知られる法隆寺とともに、1993年日本で最初に世界文化遺産に登録された。(『法隆寺地域の仏教建築物』法隆寺及び法起寺の建造物群の総称)
仏教伝来直後の仏教建築物で、日本の宗教建築に深い影響を及ぼしたものであること、中国文化への順応、及び結果的に日本独特の様式を確立した代表的な例であることなどが高く評価された。()

睡蓮
睡蓮