中宮寺のご朱印
ご朱印

奈良の神社・仏閣
中宮寺
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住所/〒636-0111 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2
TEL/0745−75−2106
アクセス
★電車/JR「法隆寺」駅から
       法隆寺門前行きバス終点下車徒歩約8分
     近鉄「筒井」駅から
       王寺駅行きバス「中宮寺前」下車徒歩約5分
★車/西名阪自動車道「法隆寺」ICから約10分
駐車場/なし
拝観料/500円
拝観時間/9:00〜16:00(10/1〜3/20)
       9:00〜16:30(3/21〜9/30)

山門
山門

神仏霊場奈良14番。
聖徳太子の母穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の願いによって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された。その旧地は、現在の東方500m程の所に土壇として残っている。1963年(昭和38年)の発掘調査により、南に塔、北に金堂を配した四天王寺式伽藍であったことが確認され、法隆寺旧地若草伽藍が四天王寺式であるのに対応する。しかも出土した古瓦は若草伽藍になく、飛鳥の向原寺(桜井尼寺)と同系統のもので、法隆寺は僧寺、当寺は尼寺として初めから計画されたものと思われる。
国宝である菩薩半跏像(如意輪観世音菩薩)はその金堂の本尊で、天寿国曼荼羅は講堂の本尊薬師如来像の背面に奉安されたものと伝えられる。()

山門
山門
本堂
本堂

平安時代には寺運衰退し、宝物の主なものは法隆寺に移され、菩薩半跏像を安置した草堂一宇のみある状態であった。鎌倉時代に中興信如比丘尼が天寿国曼荼羅を法隆寺宝蔵内に発見して取り戻すなどいくらかの復興を見たものの、往時の盛大には比すべくもなかった。
ようやく戦国時代に後伏見天皇8世の皇孫尊智女王が住職となり、以来尼門跡斑鳩御所として寺観を整えたのが現在の姿である。()

表御殿
表御殿
境内
境内

宗派は、鎌倉時代頃は法相宗、その後真言宗泉涌寺派に属し、戦後は法隆寺を総本山とする聖徳宗になった。()