(上)斎場所大元宮 吉田神社末社。天神地祇八百万神を祀る大元宮を中心とし、周囲に伊勢二宮をはじめ、全国の延喜式内社3132座を奉祀する。
もとは、神職の卜部(吉田)家邸内にあったものを1484年に吉田神道を創設した吉田兼倶がここに移築したもので、吉田神道の根本殿堂とした。1590年には天皇守護のため宮中の神祇官に祀られていた八神殿が社内後方に遷され、1609年から1871年まで神祇官代としてその儀式を執行した。
本殿(重要文化財)は1601年の建築で、平面上八角形に六角形の後房を付した珍しい形をしている。屋根は入母屋造で茅葺、棟には千木をあげ、中央には露盤宝珠、前後には勝男木を置く特殊な構造である。この形式は密教・儒教・陰陽道・道教などの諸宗教、諸思想を統合しようとした「吉田神道」の理想を形に表したものといわれる。全国のあらゆる神々を祀るため、当社に参詣すると全国の神社に詣でることと同じ効験があるとされる。
毎年節分の日を中心に前後三日間行われる「節分祭」は、疫神祭・追儺式・火炉祭の三部に分かれ、追儺式は「鬼やらい」として特に有名で、毎年多数の参詣客で賑わう。
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