慈尊院のご朱印とご朱印帳
本尊弥勒仏 ご朱印

本尊弥勒仏
ご朱印帳

ご朱印帳

和歌山の神社・仏閣
慈尊院(じそんいん)
【慈尊院のサイトへ】

住所/〒648-0151 和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832
TEL/0736−54−2214
アクセス
★電車/南海高野線「九度山」駅から徒歩約30分
      JR和歌山線「高野口」駅からタクシーで約10分、または徒歩約40分
★車/京奈和自動車道「高野口」ICより約5分
駐車場/数台(無料)
入山料/無料  境内自由
受付時間/8:00〜17:00

表門と多宝塔
表門と多宝塔
世界遺産記念碑
世界遺産記念碑

高野山真言宗別格本山。本尊は弥勒菩薩(国宝)。
仏塔古寺十八尊霊場第6番札所、紀伊之国十三仏霊場第6番札所、神仏霊場和歌山第10番。
2004年(平成16年)7月7日に世界遺産登録された。()

参道
参道
表門
表門
多宝塔
多宝塔

816年に弘法大師(空海)が創建。
空海が真言密教の総本山高野山を開創の際、高野山参詣の要所にあたる九度山に表玄関として伽藍を草創し、一山(高野山)の庶務を司る政所、高野山への宿所、冬期の避寒修行の場所とした。そして参道中央正面上壇に丹生高野明神社(現丹生官省符神社)を創建奉祀し、諸天善神への祈願地として天と神に通じる地、すなわち神通寺の壇とし、慈氏寺の壇(政所)とあわせて萬年山慈尊院とした。()

拝堂
拝堂
拝堂・弥勒堂
拝堂・弥勒堂

大師の御母公が入滅の際、大師は母が弥勒菩薩になった霊夢により廟堂を建立し、自作の弥勒仏と御母公の霊を安置した。
慈尊とは弥勒菩薩の別名で、これより慈尊院と呼ばれるようになったともいう。
1474年、御廟(弥勒堂)が現在の場所に移された。()

弥勒堂
弥勒堂
大師堂
大師堂

弥勒堂扁額
弥勒堂扁額
弥勒堂
弥勒堂

1540年、紀の川の氾濫により慈氏寺諸堂の大半は流れ、残った堂塔を弥勒壇に縮小移転し翌年に落慶供養が行われたが、高野山も政所の事務を山上に移し宝蔵の什宝も山上に運びあげた。そして1544年にはまた紀の川が氾濫し、残っていた旧慈氏寺はみな流されてしまった。()

高野山案内犬のゴンと弘法大師像
高野山案内犬のゴンと弘法大師像
許梨帝母堂(鬼子母神堂)
許梨帝母堂(鬼子母神堂)

乳房型絵馬
乳房型絵馬
乳房型絵馬
乳房型絵馬
弁財天・稲荷明神
弁財天・稲荷明神

大師の御母公が本尊弥勒菩薩を崇拝していたので、入寂のおり本尊に化身されたという信仰となり、また女人の高野参りは当院までということも重なり、子宝、安産、育児、授乳等を願って乳房型絵馬を奉納して祈願し、また髪の毛をお供えして病気平癒を祈った。これより女人高野といわれるようになった。
また高野山詣りは、まず高野山の玄関である慈尊院弥勒菩薩と縁を結び罪業を流してから山上へ登るのが高野山への本参りとされていることから高野山の結縁寺とされている。()

受付所
受付所
受付所
受付所

拝堂(本堂)・多宝塔(正面は丹生官省符神社への石段)
拝堂(本堂)・多宝塔(正面は丹生官省符神社への石段)

高野山町石道(こうやさんちょういしみち)(世界遺産) 高野七口の一つ大門口につながる表参道。
慈尊院境内からある神社の119段石段、その途中の石造大鳥居右横にある180町石から高野山奥之院の御廟まで約24kmの道のりで、1町(約109m)おきに町石が立ち並ぶ。()





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