寛永寺のご朱印
根本中堂 ご朱印

根本中堂
江戸三十三観音(清水観音堂) ご朱印

江戸三十三観音
(清水観音堂)
不忍池辮天堂 ご朱印

不忍池辮天堂

東京の神社・仏閣
寛永寺(かんえいじ)
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住所/〒110-0002 東京都台東区上野桜木1-14-11(根本中堂・事務所)
TEL/03−3821−4440
アクセス
★電車/JR山手線「鶯谷」駅南口から徒歩約7分
★車/首都高速「入谷」出入口から約10分
駐車場/なし
拝観料/無料 境内自由

根本中堂
根本中堂
根本中堂
根本中堂

天台宗別格大本山。山号は東叡山。
1625年(寛永2年)慈眼大師(じげんだいし)天海大僧正(てんかいだいそうじょう)による開山。
開基は徳川三代将軍家光。本尊は薬師如来。()

根本中堂
根本中堂
根本中堂扁額
根本中堂扁額

徳川家康、秀忠、家光と三代にわたる将軍の帰依を受けた天海は、徳川幕府安泰と万民の平安を祈願し、江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に寛永寺を建立した。これは平安時代、比叡山延暦寺が京都御所の鬼門に位置し、朝廷の安穏を祈る鎮護国家の道場であったことにならったもの。
そこで山号は東の比叡山という意味で東叡山、寺号も延暦寺同様、創建時の元号を使用することを勅許され寛永寺と命名された。()

清水観音堂
清水観音堂
清水観音堂 月の松
清水観音堂 月の松

やがて第三代山主に後水尾天皇の第三皇子守澄(しゅちょう)法親王がなり、以降は歴代山主を皇室から迎えることになる。そして朝廷より山主に対して輪王寺宮(りんのうじのみや)の称号が下賜(かし)され、東叡山のみならず、比叡山延暦寺(天台宗座主)、日光山の山主を兼任、三山管領宮(さんざんかんりょうのみや)といわれ東叡山に在住した。()

清水観音堂
清水観音堂
清水観音堂 人形供養碑
清水観音堂 人形供養碑

最盛期は現在の上野公園を中心に約30.5万坪に及び、他に大名並みの約12000石の寺領を有した。
そして現在の上野公園には、間口45m、奥行42m、高さ32mという壮大な根本中堂が建立され、本寺(現東京国立博物館)には、小堀遠州による名園が作庭された。さらに清水観音堂、不忍池辯天堂、五重塔、開山堂、大仏殿などの伽藍と子院も三十六坊あったという。
やがて徳川将軍家の菩提寺も兼ねて歴代将軍の霊廟も造営され、格式、規模において我国最大級の寺院となった。()

不忍池石碑
不忍池石碑
ふぐ供養碑
ふぐ供養碑

ところが幕末の戊辰戦争では彰義隊がたてこもり、全山の大部分が焼失、さらに明治政府によって境内地は没収された。
しかし1879年(明治12年)復興が認められ、現在地に川越喜多院より本地堂を移築、根本中堂として再建された。
その後、関東大震災、太平洋戦争の空襲などで被災し、再建されたものもあり現在に至る。()

清水観音堂
清水観音堂
清水観音堂
清水観音堂

(上)清水観音堂(国指定重要文化財)
・台東区上野公園1-29
・JR山手線「上野」駅公園口から徒歩約5分
江戸三十三観音霊場第6番札所。
京都東山の清水寺を模した舞台造りのお堂で、1631年天海大僧正により建立された。また本尊も清水寺より恵心僧都(えしんそうず)作の千手観音像を迎え秘仏としている。()

辮天堂拝殿
辮天堂拝殿
大黒天堂
大黒天堂

(上)不忍池(しのばずのいけ)辮天堂
・台東区上野公園2-1
・JR山手線「上野」駅公園口から徒歩約10分
天海大僧正が琵琶湖竹生島になぞらえて、寛永年間に不忍池に中之島を築き、その地に建立した。現在のお堂は1958年(昭和33年)に再建。本尊の八臂大辯財天(はっぴだいべんざいてん)も、竹生島の宝厳寺から勧請したもの。()

パゴダ(仏塔)
パゴダ(仏塔)
上野大仏
上野大仏
提灯
提灯

(上)上野大仏(パゴダ)
・開門時間/10:00〜16:00
1631年に建立された上野大仏は度々罹災(りさい)したが、その都度復興されている。しかし関東大震災で首が落ち、第二次大戦時には軍の供出令(きょうしゅつれい)により胴体を徴用され顔のみが残った。
したがって、これ以上落ちないということで「合格大佛」として受験生の間ではお参りスポットとなっている。
また大仏殿の跡地にはパゴダ(仏塔)が建立されている。()