誕生院のご朱印と御影
九州八十八ヶ所百八霊場 ご朱印

九州八十八ヶ所百八霊場
九州八十八ヶ所百八霊場 御影

九州八十八ヶ所百八霊場
御 影
ご朱印

九州三十六不動霊場 ご朱印

九州三十六不動霊場
肥前七福神 ご朱印

肥前七福神

佐賀の神社・仏閣
誕生院
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住所/〒849-1312 佐賀県鹿島市納富分2011
TEL/0954−62−3402
アクセス
★電車/JR長崎本線「肥前浜」駅または「肥前鹿島」駅より徒歩約30分
      JR長崎本線「肥前鹿島」駅(鹿島バスセンター)より
        祐徳バスにて「誕生院前」下車 徒歩約2分
★車/長崎自動車道「嬉野」ICから約20分
      または「武雄北方」ICから約30分
駐車場/約100台(無料)
拝観料/無料  境内自由

本堂
本堂
金堂
金堂

新義真言宗大本山。山号は密厳山。本尊は錐鑽(きりもみ)身代不動明王。
九州八十八ヶ所百八霊場第62番札所、九州三十六不動霊場第24番札所、肥前七福神福徳布袋尊霊場。
真言宗中興の祖と仰がれる興教大師(こうぎょうだいし)覚鑁(かくばん)の誕生の地。
明徳年間(1390〜1394年)三代将軍足利義満が発願し、1405年に定成上人によって創建された。
しかし、1558年戦火のために焼失。鍋島直条、輪海法師、百城律師たちが復興しようとしたが、荒廃したまま誕生院の地名と覚鑁(かくばん)屋敷の名称のみが伝わっていた。
1913年(大正2年)になって、鍋島直彬(なおよし)によって再興されている。()

本堂
本堂
三十六童子
三十六童子

興教大師(こうぎょうだいし)覚鑁(かくばん)は1095年伊佐平次兼元を父、橘夫人を母として、その三男に生まれた。13歳で京都仁和寺寛助僧正のもとに入り、16歳で出家得度している。当時、荒廃していた高野山を復興し、大伝法院を建立。後に山内の混乱を避け、根来寺を創建した。
参道正面の奥に位置する金堂は、5年の歳月を要して、1934年(昭和9年)に建立された。大阪観心寺金堂の折衷様式の手法を取り入れており、入母屋造で壮大な建築である。本尊には興教大師(こうぎょうだいし)座像が安置されている。
本堂に祀られる本尊錐鑽(きりもみ)身代不動明王は覚鑁(かくばん)の身代わりになって血を流したというお不動さまで、誕生院が大正時代に復興された際、根来寺から招かれ奉安されたものと伝えられている。()