宮崎神宮の御朱印
御朱印 御朱印 御朱印
皇宮神社 御朱印

皇宮神社

宮崎の神社・仏閣
宮崎神宮
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住所/〒880-0053 宮崎市神宮2丁目4-1
TEL/0985−27−4004
アクセス
★電車/JR日豊本線「宮崎神宮」駅下車 徒歩約10分
     あるいは「宮崎」駅より宮崎交通バスにて「宮崎神宮」バス停下車 徒歩3分
★車/東九州自動車道「宮崎西」ICより約15分
駐車場/神宮会館駐車場もしくは宮崎神宮西神苑を利用(無料)
拝観料/無料
開閉時刻/
 幣殿(御社殿)
  開殿 年間を通じ 6:00
  閉殿 10月〜4月 17:30、5月〜9月 18:30
 神門
  開門 年間を通じ 5:30
  閉門 10月〜4月 17:30、5月〜9月 18:30
 神符守札授与所
  開所 年間を通じ 8:30
  閉所 10月〜4月 17:00、5月〜9月 18:00

一の鳥居
一の鳥居
三の鳥居
三の鳥居

御祭神は初代天皇・神武天皇(神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと))を主祭神に、相殿には左に御父君鵜葦草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、右に御母君玉依姫命(たまよりひめのみこと)が祀られている。()

二の鳥居
二の鳥居
宮崎神宮標石
宮崎神宮標石

宮崎神宮駅前の鳥居
宮崎神宮駅前の鳥居
神門
神門

神武天皇が初代天皇に即位するまでは、神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)、幼名を狭野命(さののみこと)と言った。天照大御神から5代目の孫にあたり、鵜葦草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)鵜戸神宮ご祭神)の第4皇子で、母は玉依姫命(たまよりひめのみこと)。生まれは宮崎県西諸県郡高原町に大字狭野と言われ、この地には狭野神社(旧宮崎神宮別宮)が鎮座している。
神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)が45歳のときに天下統治に相応しいところを求めて日向の国を出発し、大和地方を平定し第1代の天皇として即位された。()

拝所
拝所
拝殿
拝殿

拝所の額(2009年5月)
拝所の額(2009年5月)
拝所の額(2010年12月)
拝所の額(2010年12月)

神宮創建は、神武天皇の孫にあたる健磐龍命(たけいわたつのみこと)(熊本・阿蘇神社ご祭神)が九州の長官に就任した際、祖父の遺徳をたたえるために鎮祭したのが始まりと伝えられている。その後、第10代崇神天皇、第12代景行(けいこう)天皇の熊襲(くまそ)征討の際に社殿の造営があった。()

三の鳥居(御神幸祭)
三の鳥居(御神幸祭)
神事
神事

神事
神事
御獅子
御獅子

御神幸祭(神武さま)
行列の歴史は古く武家時代からあったといわれるが、1880年(明治13年)に現在の宮崎市中村町の氏子総代が「渡御の儀の願い」を提出し、旧暦の3月15日から4月9日までの25日間にわたって中村町に御駐輦(神輿が滞在すること)するようになった。この時から御鳳輦(ごほうれん)(神輿のこと)が大淀川を越えるようになり、1909年(明治42年)に御鳳輦が新調されたのをきっかけに現在のように隊列を組むようになった。()

御鳳輦
御鳳輦
神武天皇東征「おきよ丸」
神武天皇東征「おきよ丸」
アマテラス
アマテラス
日向木剣踊り
日向木剣踊り

神武こども太鼓
神武こども太鼓
神々のパレード
神々のパレード

(左下)プロ野球読売巨人軍がシーズン前キャンプで宮崎入りすると、宮崎神宮に立ち寄り必勝祈願をしていく。()

巨人軍必勝祈願絵馬
巨人軍必勝祈願絵馬
五所稲荷(ごしょいなり)神社
五所稲荷(ごしょいなり)神社

オオシラフジ
オオシラフジ
オオシラフジ
オオシラフジ

(上)オオシラフジ(国指定天然記念物) 中国原産でわが国では最も大きい樹木である。「オオシラフジ」は正式な学名でなく、フジの一品種で白く大きな花をつけることからその名が呼ばれている。()




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