壬生寺の御朱印
洛陽三十三所 御朱印

洛陽三十三所
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本堂
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京都十二薬師
阿弥陀堂 御朱印

阿弥陀堂
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弁財天

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壬生寺
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住所/〒604-8821 京都市中京区壬生椰ノ宮町31
TEL/075−841−3381
アクセス
★電車/JR・近鉄「京都」駅から市バス「壬生寺道」下車 徒歩約5分
    阪急電鉄「大宮」駅あるいは嵐電「四条大宮」駅下車 徒歩約10分
★車/名神「京都南」ICから約15分
駐車場/8台
入山料/無料
 壬生塚 参拝料 100円
 壬生寺歴史資料室 200円 いずれも8:30〜16:30
開門時間/8:00〜17:00

(左)千体仏塔 (右)本堂
(左)千体仏塔 (右)本堂

律宗総本山唐招提寺の末寺であり、古い名を地蔵院・宝幢三昧寺(ほうどうさんまいじ)・心浄光院などという。創建は992年に三井寺(園城寺)快賢僧都(かいけんそうず)が仏師定朝(じょうちょう)に地蔵菩薩像を造らせ御本尊とした。
鎌倉時代に復興した円覚上人が1300年に大念仏会を行った。これが現在の壬生狂言(重要無形民俗文化財)の始まりである。
1962年に本堂を全焼し、本尊地蔵菩薩像を含む多数の寺宝を失った。しかし新しい本尊延命地蔵菩薩立像(重要文化財)が、唐招提寺から移されて、1970年に本堂の落慶法要が行われた。()

表門
表門
中院
中院

(右上)中院 壬生寺塔頭。洛陽三十三所観音霊場第二十八番札所。古名は中之坊と呼ばれ、寛永年間、本良律師により創建された。本尊は十一面観世音菩薩で、鎌倉時代の壬生寺再興時に平政平の発願により新造された諸仏の内の一体である。()

弁天堂
弁天堂
水掛地蔵
水掛地蔵

(左上)弁天堂 本尊は秘仏。清水寺山内の延命院から移された厨子入りの塑で、弘法大師作と伝えられている。
御堂の創建は不詳であるが、江戸時代中期にはすでに存在していたことが諸記録より伺え、前に立つ石の線香立には弘化4年(1847年)の刻銘がある。現在の御堂は1894年(明治27年)に再建された。御堂後部が池に接しており、真下からは地下水がくみ上げられて、池の噴水、手水舎、水掛地蔵に掛ける水として使用している。()

阿弥陀堂
阿弥陀堂
阿弥陀堂
阿弥陀堂

(上)阿弥陀堂 鎌倉時代の1213年に平宗平(たいらのむねひら)により創建される。現在の御堂は2002年に建造されたもの。本尊は阿弥陀如来三尊像。
地階の歴史資料室には京都十二薬師霊場第4番札所本尊歯薬師如来が祀られている。歯薬師の由来は、その微笑が「は、は、は」と笑っているように見えるからなどといわれ、歯の病に霊験あらたかとされる。
阿弥陀堂の奥にある壬生塚には新撰組局長近藤勇の胸像、芹沢鴨らの墓塔がある。新撰組は1863年3月に壬生の地で結成し、壬生寺境内は新撰組が大砲や剣術・馬術の訓練をした場所として有名である。()

壬生塚
壬生塚
近藤勇胸像
近藤勇胸像
墓塔・歌碑
墓塔・歌碑
大念仏佛堂
大念仏佛堂

鐘楼
鐘楼
寺務所・朱印所
寺務所・朱印所

(右下)千体仏塔 1989年創建1000年を記念して改築された。この塔の石仏は明治時代に京都の都市計画の際に市内各地から集められたもの。境内には室町時代からの地蔵菩薩や阿弥陀如来、大日如来など3000体以上の石仏があるが、この塔にはそのうちの1000体が安置されている。塔の形はミャンマー(ビルマ)に多く見られるパコダを模している。()

夜啼き地蔵
夜啼き地蔵
(左)千体仏塔 (右)南門
(左)千体仏塔 (右)南門

一夜天神堂
一夜天神堂
一夜天神堂石碑
一夜天神堂石碑

(上)一夜天神堂 菅原道真が筑紫へ流罪になった時、壬生の地に親戚を訪ね、一夜を明かし別れを惜しんだと伝えられる。
江戸時代前期に壬生寺の支院である寂静庵の開基・託願上人の夢枕に道真公が立ち、壬生の地に道真公を祀るように告命され、上人は神像を刻み御社を建立し「一夜天神」と名付けた。
現在の御社は1852年の再建。
一夜天神とは「一夜にして知恵を授かる」として学業上達のご利益を伝えている。
洛陽天満宮二十五社のひとつ。()

三福川稲荷堂
三福川稲荷堂
北門
北門

(左上)三福川(みぶがわ)稲荷堂 御堂の創建は不明。三福川は壬生寺東方の「壬生川」という地名にちなんだものである。1869年(明治2年)の資料には「稲荷川上大明神」とある。現在は扁額の通り「三福川大明神」と呼ばれる。
壬生寺周辺は近世まで湿地帯であり、田畑に覆われていた。稲作をはじめ、菜の花や壬生名産の京野菜「壬生菜」の畑が数多くあったという。稲荷明神は五穀豊穣の神であることから、本来は壬生の地の田畑の豊作を祈願して祀られるようになった。また稲荷明神には守護神としての性格もあり、江戸時代末期の壬生寺絵図には六所明神堂、一夜天神堂と並んで建っていることから、壬生寺の鎮守としての性格も持っていたと推察される。()

節分厄除大法会
2月2〜4日に行われる京都の年中行事の一つ。白河天皇の発願ともいわれるほど永い伝統を持つ。壬生寺は京都の裏鬼門(南西)に位置し、京都の節分鬼門詣りの一端を担う。
2、3日は狂言堂にて重要無形民俗文化財の壬生狂言三十番のうち厄除け鬼払いの狂言「節分」が一日8回繰り返し上演される。拝観は無料。()

表門
表門
(正面)本堂
(正面)本堂

予定行事:厄除け祈祷会と星祭り修行、昇殿祈祷、厄除け鬼払い壬生狂言「節分」上演(無料)、山伏の大護摩祈祷、稚児行列、招福ぜんざい無料接待()

(左)千体仏塔 (右)本堂
(左)千体仏塔 (右)本堂
壬生寺会館
壬生寺会館

(右下)ほうらく(炮烙) 当寺にしか見られない珍しい風習であり、家族や知人の年齢、性別、願い事などを墨書して奉納する。これら多数の炮烙は、4月21日から29日に行われる壬生狂言の毎日の序曲である「炮烙割」でことごとく割られる。この炮烙を奉納した人は、その年の災厄を免れて福徳を得るという信仰が伝わっている。()

ほうらく
ほうらく(炮烙)
ほうらく納め所
ほうらく(炮烙)納め所




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