青蓮院門跡のご朱印
近畿三十六不動尊霊場 ご朱印

近畿三十六不動尊霊場
本堂(熾盛光堂) ご朱印

本堂(熾盛光堂)
将軍塚大日堂 ご朱印

将軍塚大日堂

京都の神社・仏閣
青蓮院門跡
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住所/〒605-0035 京都市東山区粟田口三条坊町69-1
TEL/075−561−2345
アクセス
★電車/JR「京都」駅より市バス「神宮道」下車 徒歩で約3分
     地下鉄東西線「東山」駅下車 徒歩約5分
     京阪「祇園四条」駅より徒歩で約15分
     阪急「河原町」駅より徒歩で約20分
★車/名神「京都南」ICあるいは「京都東」ICから15〜20分
駐車場/約10台
拝観料/500円
拝観時間/9:00〜17:00 春・秋に夜間ライトアップ

寺号碑
寺号碑
薬医門
薬医門
親鸞聖人得度聖地碑
親鸞聖人得度聖地碑

近畿三十六不動尊霊場第19番札所、神仏霊場京都35番。
三千院妙法院と並ぶ天台宗三門跡の一つで、天明の大火(1788年)の際に仮の御所となったことから、旧粟田御所とも呼ばれる。
最澄が比叡山に建てた僧侶の住居の一つ「青蓮坊」に始まるとされ、平安時代末期の行玄のときに三条白川に移り、鳥羽法皇の第七皇子が行玄の弟子として入寺して以来、皇族や摂関家の子弟が門主(住職)を務める「門跡寺院」となった。
歴代門主のうち、三大の慈円は歴史書「愚管抄(ぐかんしょう)」の著者として有名で、十七代の尊円入道親王は和風と唐風を融合した青蓮院流(のちの御家流)と呼ばれる書風で知られる名筆家であった。

四脚門
四脚門
四脚門
四脚門

(上)四脚門(御幸門) 明正天皇の中和門院の旧殿の門を移築したの。()

天然記念物の楠
天然記念物の楠
天然記念物の楠
天然記念物の楠

(上)大楠 長屋門門前他には名木「楠」が五本ある。親鸞聖人御手植と伝えられる。京都市の登録天然記念物指定他、多数の指定を受けている。

長屋門
長屋門
入口
入口

(左上)長屋門 四脚門同様、明正天皇の中和門院の旧殿の門を移築したもの。

宸殿
宸殿
大玄関
大玄関

(左上)宸殿 門跡寺院特有のもので、主要な法要を行う。有縁の天皇及び歴代門主の御尊牌を祀っている。浄土真宗宗祖の親鸞聖人が当時の門主慈圓により得度をした縁で「お得の間」ともいう。徳川家康の孫である東福門院(後水尾天皇女御)の御所を移築。明治に焼失したが復元。
(右上)大玄関 宸殿の先にある。正式の玄関。孝明天皇使用の輿を陳列している。日月松桜百鶴図の襖絵がある。

本堂
本堂
青不動明王画像
青不動明王画像

(左上)本堂 本堂の東裏には国宝の青不動画像(複製写真)を安置。
(右上)青不動明王画像 不動明王は密教のほとけであるので、五色(青・黄・赤・白・黒)に配せられることがある。赤不動・黄不動・目黒不動・目白不動等はその例である。その中にあって青色は方位に配せられれば中央、五大に配せられると大日如来の三昧耶形である五輪塔婆の頂上の宝珠形となる様に、青不動は五色の不動明王の中では最上位にあり、中心にあるものである。即ち不動明王の中の不動明王という地位を占める。

本堂(熾盛光如来)
本堂(熾盛光如来)
小御所
小御所

(左上)本堂(熾盛光堂) 境内奥(南側)に西面して建つ方三間、宝形造の小堂。堂内の厨子にはご本尊「熾盛光如来(しじょうこうにょらい)」の曼荼羅を安置(秘仏)。
(右上)小御所 江戸期の御所の小御所を移築。明治に焼失後復興。伝狩野派作の障壁画がある。

華頂殿
華頂殿
華頂殿から相阿弥の庭
華頂殿から相阿弥の庭

(左上)華頂殿 客殿(白書院)。ここから眺める相阿弥(そうあみ)作の庭は見事。三十六歌仙額絵がある。
(上と左下)相阿弥の庭 青蓮院の主庭で、室町時代の相阿弥(そうあみ)の作と伝えられ、粟田山を借景にしてその山裾を利用した幽邃な趣の池泉回遊式の庭である。龍心池の対岸南に高く石積みした滝口を中心として、東側にかけて柔らかな曲線をえがいた築山が設けられた、築山泉水庭でもある。

相阿弥の庭
相阿弥の庭
玄関の平安絵巻衝立
玄関の平安絵巻衝立

好文亭
好文亭
好文亭
好文亭

(上)好文亭(こうぶんてい) 天明の大火時の仮御所の際、後桜町上皇が学問所として使用していたもので、明治以降は茶室として活用。放火により焼失したが、1995年に完全復元した。襖絵は上村淳之画伯の奉納。

植髪堂
植髪堂
親鸞聖人童形像
親鸞聖人童形像

(左上)植髪堂(うえがみどう) 親鸞得度のときに剃り落とした髪を、親鸞童形の像に植えたものを祀っている。
(右上)親鸞聖人童形像 大玄関の前に立っている。大阪の信徒の願により昭和の始め頃造立されたもの。親鸞得度のとき、馬をつないだと伝えられる古松がこのあたりにあったので、像はその前に建てられた。

将軍塚大日堂
将軍塚大日堂
将軍塚大日堂
将軍塚大日堂

(上)将軍塚大日堂 将軍塚は東山山頂の青蓮院飛地境内にある。8世紀末、桓武天皇が平安京造営に際し、王城鎮護のため、高さ約2.5mの像に甲冑を着せ、弓矢を持たせ、京都の方を向けて埋めた塚であると伝えられている。平安末期以後、天下に異変があるときは必ずこの塚が鳴動して前兆を表すという伝説が生まれ、「源平盛衰記」によると、源頼朝挙兵の前年の1179年7月には三度にわたってこの塚が鳴動し、次いで間もなく大地震が起こったらといわれる。鳥獣戯画で有名な鳥羽僧正筆の将軍塚絵巻に、この像を埋める図が残されている。
なお、大日堂に安置する本尊大日如来像は付近の山中から発見された花頂院の遺仏と伝えられる。境内には、日露戦争で活躍した東郷元帥や黒木大将の手植えの松があり、桜と紅葉の名所として美しく整備されている。

円山公園のしだれ桜 円山公園のしだれ桜