新熊野神社のご朱印
ご朱印

京都の神社・仏閣
新熊野(いまくまの)神社
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住所/〒605-0971 京都市東山区今熊野椥ノ森町42
TEL/075−561−4892
アクセス
★電車/JR京都線「京都」駅から市バス「今熊野」下車徒歩約3分
     京阪「七条」駅より徒歩約15分
★車/名神「京都南」ICあるいは「京都東」ICより約15分
駐車場/約10台(無料)
拝観料/無料
拝観時間/9:00〜17:00

鳥居
鳥居
拝殿
拝殿

熊野信仰が盛んな平安後期1160年、後白河上皇によって創建。後白河上皇は現在三十三間堂の東側にある法住寺(当時は法住寺殿という)に住み、その鎮守社として新熊野神社、鎮守寺として三十三間堂を創建した。その造営には法皇の命を受けて平清盛が当たった。平清盛は熊野の土砂や材木を用いて社域や社殿を築き、那智の浜の青白の小石を敷いて霊地熊野を再現したとされる。

社号碑
社号碑
大樟
大樟
石碑
石碑

法皇は一生のうちに34回熊野に参詣したが、当時の都人にとって熊野に参詣することは大変なことゆえ、熊野の新宮・別宮として創建され、長く京の熊野信仰の中心地として栄えた。「新熊野」と書いて「いまくまの」と読むのは、紀州の古い熊野に対する京の新しい熊野、紀州の昔の熊野に対する京の今の熊野という当時の都人の認識が、その名の由来となっている。
その後、350年間に渡って繁栄を極めたが、応仁の乱以降、度々の戦火に見舞われ、その後120年間は廃絶同様の状態となっていた。それを再建されたのが、江戸時代初期、後水尾天皇の中宮東福門院(3代将軍徳川家光の妹)で、現在の本殿は1663年(寛文3年)聖護院宮道寛親王(後水尾上皇の皇子)により造営されたもの。
境内の(くす)の木は、熊野から移植した後白河上皇お手植えの神木といわれ、健康長寿、特に腹を守護する神、また安産の守り神として信仰されている。

石碑
石碑
樟龍弁財天
樟龍弁財天
大樟さんの「さすり木」
大樟さんの「さすり木」

大樟と樟龍弁財天
大樟と樟龍弁財天
いまくまの大権現
いまくまの大権現

(右下)能楽の碑 能楽の世阿弥がまだ藤若丸と称していた頃、父の観世清次と共に大和の猿楽結崎座を率い勧進興行を行ったところ。「今熊野勧進猿楽」と呼ばれ、見物していた室町幕府第三代将軍義満が、その至芸に感激し二人を同朋衆に加え、父子を観阿弥・世阿弥と名乗らせた機縁の地である。

社務所
社務所
能楽の碑
能楽の碑

「熊野大権現社」、「熊野十二社権現」といわれ、熊野本宮大社熊野那智大社熊野速玉大社に祭られている12神を祭り、本社には熊野那智大社の主祭神である熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)熊野牟須美大神(くまのむすびのおおかみ)、通称では伊奘冉尊(いざなみのみこと)(伊邪那美神)]を祭っている。
上社には熊野速玉大社の主祭神である熊野速玉男大神(くまのはやたまおのおおかみ)[通称では伊奘諾尊(いざなきのみこと)(伊邪那岐神)]と熊野本宮大社の主祭神である熊野家津美御子大神(くまのけつみこのおおかみ)(熊野家都御子大神)[通称では素戔嗚尊(すさのをのみこと)(須佐之男神)]が祭られている。

上社と中社
上社と中社
下社(中央奥)
下社(中央奥)

八百万の神々(やおよろずのかみがみ)といって日本には多数の神々がいるが、大きく分けると自然神(自然そのものが神)と祖先神(祖先の御霊が神)の二つに分類される。若宮社には、皇祖天照大神(あまてらすおおみかみ)が、中社(なかのやしろ)には天照大神から神武天皇に至る四柱の神々(忍穂耳命(おしほみみのみこと)瓊々杵命(ににぎのみこと)彦穂々出見命(ひこほほでみのみこと)鵜茅草葺不合命(うかやぶきあえずのみこと))が祭られており、これらは全て祖先神である。一方、下社(しもやしろ)には、火の神軻遇突智命(かぐつちのみこと)・土の神埴山姫命(はにやまひめのみこと)・水の神彌都波能売命(みずはのめのみこと)・食物の神稚産霊命(わくむすびのみこと)が祭られており、これらは全て自然神である。
熊野牟須美大神(くまのむすびのおおかみ)牟須美(むすび)とは、「自然の営みの中に生命の根源がある。」という日本人の持つ自然神信仰を総称する言葉で、社殿の配置も自然神の祖神(おやがみ)である伊奘冉尊(いざなみのみこと)が祖先神の祖神(おやがみ)である伊奘諾尊(いざなきのみこと)以下の全ての祖先神・自然神を統合する形になっており、熊野信仰の理念が、社殿の配置に示されている。

裏山「熊野古道」
裏山「熊野古道」
裏山「熊野古道」
裏山「熊野古道」

寺社巡り覚書
2010年10月に創建850年を記念して裏山が「熊野古道」として整備され、木像の神仏が祀られている。左上の写真は左から「那智の滝」「大斎原(おおゆのはら)」「神倉山ゴトビキ岩」の彫物である。