斑鳩寺のご朱印
新西国霊場 ご朱印

新西国霊場

兵庫の神社・仏閣
斑鳩(いかるが)
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住所/〒671-1561 兵庫県揖保郡太子町鵤709
TEL/079−276−0022
アクセス
★電車/JR山陽本線「網干」駅より神姫バス「(いかるが)」バス停下車 徒歩約5分
★車/山陽自動車道「龍野」ICから約10分
駐車場/無料(約20台)
入山料/無料 宝物館300円
入山時間/9:00〜17:00

寺号標と仁王門
寺号標と仁王門
弥勒堂・納経所
弥勒堂・納経所

新西国霊場第32番、西国薬師四十九霊場第23番、聖徳太子御遺跡霊場第28番、播州薬師霊場第18番。聖徳太子開創。
606年(推古天皇14年)秋7月、太子は天皇の要請を受け、豊浦宮にて勝鬘経(しょうまんきょう)を講じたら3日で終わった。その夜仏天が感応し、蓮華の花が講演の地に降りしいたと伝えられる。この年又太子は法華経を岡本宮で講じた。天皇はその妙味を叡感し、播磨国揖保の郡の水田百町を太子に賜った。よって太子はこの地を(いかるが)荘と名付け一つの伽藍を営んだ。これが当寺の始まりである。

骨董市 (正面)講堂
骨董市 (正面)講堂
聖徳殿
聖徳殿

往古には七堂伽藍、数十の坊院がいらかを並べていたが、1541年尼子政久の播磨侵入後の混乱の中、堂塔を焼き尽くした。その後、楽々山円勝寺の昌仙(しょうせん)法師により漸次再建された。太子創建から一千余年間は大和法隆寺の支院であったが火災再建後、天台宗となる。

鐘楼
鐘楼
聖徳太子二歳像
聖徳太子二歳像
三重塔
三重塔

(右上)三重塔(国指定重要文化財建造物) 1565年赤松左兵衛尉正秀の志願により再建され、輪柱(りんちゅう)に太子伝来の仏舎利がおさめてある。

聖徳殿奥堂
聖徳殿奥堂
(左)講堂(右)聖徳殿
(左)講堂(右)聖徳殿

(上)聖徳殿 法隆寺夢殿を模して造られ、本尊は聖徳太子十六歳の尊像で、太子の髪が植えられていることより「植髪(うえがみ)の太子」と称される。
太子が16歳のとき、父・用明天皇が病気で倒れた。飲食を断って七日七夜の間、日夜柄香炉を捧げてその枕辺に立ち、常行三昧の行法を行い、病気平癒を祈ったという。この像はそのときの太子の姿で、一般に「御孝養(ごこうよう)御姿(みずがた)」といわれる。

聖宝殿
聖宝殿
庫裏
庫裏

(右上)庫裏(くり) もと斑鳩寺塔頭の浄土坊、古くは保性院に属するものとされ、十七室からなる。