浅草寺のご朱印
坂東三十三観音霊場 ご朱印

坂東三十三観音霊場
江戸三十三観音霊場 ご朱印

江戸三十三観音霊場
浅草名所七福神 ご朱印

浅草名所七福神

東京の神社・仏閣
浅草寺(せんそうじ)
【浅草寺のサイトへ】

住所/〒111-0032 東京都台東区浅草2-3-1
TEL/03−3842−0181
アクセス
★電車/東京メトロ銀座線「浅草」駅から徒歩5分
     都営地下鉄浅草線「浅草」駅から徒歩7分
     東武線「浅草」駅から徒歩5分
     つくばエクスプレス「浅草」駅より徒歩5分
駐車場/なし
拝観料/無料
拝観時間/境内自由
 各諸堂は6:00〜17:00(10〜3月は6:30〜)

雷門
雷門
五重塔と宝蔵門
五重塔と宝蔵門

聖観音宗の総本山。山号は金龍山。坂東三十三観音霊場第13番札所、江戸三十三観音霊場第1番札所。
飛鳥時代、628年(推古天皇36年)、檜前浜成(ひのくまのはまなり)竹成(たけなり)兄弟が江戸浦(隅田川)で漁猟中、観音像を網で拾い上げた。郷司土師中知(はじのなかとも)(名前には諸説あり)はこれを拝し、深く帰依し、その後出家し、自宅を改めて寺として礼拝供養に生涯を捧げた。()

宝蔵門
宝蔵門
本堂(観音堂)
本堂(観音堂)

645年(大化元年)勝海上人(しょうかいしょうにん)がこの地に観音堂を建立し、夢告によりご本尊をご秘仏とし、以来守られ続けている。東京湾の入江の一漁村にすぎなかった浅草は参拝の信徒が増え、平安初期には、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)(794〜864年、浅草寺中興開山・比叡山天台座主3世)が来山し、お前立のご本尊を謹刻した。
鎌倉時代に将軍の篤い帰依を受けると伽藍の荘厳も増し、江戸時代初期に徳川家康が幕府の祈願所に定めてからは、江戸文化の中心として大きく繁栄した。()

雷門
雷門
雷門
雷門

(上下)雷門(かみなりもん)風雷神門(ふうらいじんもん) 
942年、平公雅(たいらのきんまさ)によって創建された。鎌倉時代以降現在地に移築された際、風神(ふうじん)雷神(らいじん)が初めて奉安された。風神・雷神は、風や雷をつかさどる神さまであり、浅草寺の護法善神(ごぼうぜんしん)である。元々雷門はこの二神の名前から「風雷神門(ふうらいじんもん)」と呼ばれていたが、いつの頃からか雷門とだけ呼ばれるようになった。
現在の門は、1865年(慶応元年)12月12日の田原町大火で炎上した門に替わり、1960年(昭和35年)、90年ぶりに松下電器創始者松下幸之助の寄進により、復興再建された。浅草の顔として全国的に有名。「金龍山」額は京都・曼殊院門跡の良尚法親王筆の模写。()

雷門大提灯
雷門大提灯
雷門大提灯
雷門大提灯

五重塔
五重塔
五重塔
五重塔
宝蔵門の大わらじ
宝蔵門の大わらじ

(上)五重塔 942年平公雅(たいらのきんまさ)が本堂と共に建立したのが始まり。その後数度倒壊炎上し、その都度再建された。徳川家光により建立された国宝五重塔は太平洋戦争により焼失した。現在の塔は1973年に再建されたもの。()

東京スカイツリーと宝蔵門
東京スカイツリーと宝蔵門
宝蔵門大提灯の底・龍の彫り物
宝蔵門大提灯の底・龍の彫り物

宝蔵門
宝蔵門
宝蔵門
宝蔵門

(上下)宝蔵門(ほうぞうもん)(仁王門) 「応永縁起」によると、安房守平公雅が武蔵守に補任された942年、その祈願成就の御礼として建立された。数度の火災の度に再建され、江戸時代には徳川家光により、本堂と仁王門が1649年12月23日落慶、1692年に京都の曼殊院門跡良尚法親王ご染筆の「浅草寺」の扁額がかけられた。現在の門は浅草寺の山門として、内部三層のうち上部二層に什宝物を収蔵した宝蔵門として大谷重工業・ホテルニューオータニ創始者の大谷米太郎の寄進により復興再建された。()

宝蔵門仁王尊阿形像(左)
宝蔵門仁王尊阿形像(左)
宝蔵門仁王尊吽形像(右)
宝蔵門仁王尊吽形像(右)

本堂
本堂
本堂 新橋大提灯
本堂 新橋大提灯

(上下)本堂(観音堂) 五重塔と同様、徳川家光により建立された国宝旧本堂は太平洋戦争で焼失、現在の本堂は1958年に再建されたもの。内陣中央には御宮殿(ごくうでん)があり、その内部には秘仏本尊聖観世音菩薩、慈覚大師作のお前立ち本尊などが奉安されている。()

本堂 外陣
本堂 外陣
本堂 外陣天井絵
本堂 外陣天井絵

伝法院
伝法院
影向堂
影向堂

(左上)伝法院 浅草寺本坊。1777年建立で、客殿には室町初期の造立と推定される阿弥陀三尊像が祀られている。庭園は約1万2000平方メートル、寛永年間(1624〜44年)に小堀遠州が築庭したと伝えられる回遊式庭園である。()
(右上)影向堂(ようごうどう) もともと本堂南東にあったものを、1994年(平成6年)に浅草寺中興開山慈覚大師円仁の生誕千二百年を記念して、現在地に再建された。観音さまのお説法やご活躍に不断に協力されている仏さま方を「影向衆(ようごうしゅう)」と呼び、これらの仏さまを祀っているお堂。お堂の上には、火伏せのまじないとされる金箔押しの鴟尾(しび)が置かれている。()

二天門
二天門
浅草不動尊
浅草不動尊

(左上)二天門 重要文化財。1618年東照宮を境内に勧請した際に建てられたもので、本来は将軍参拝のための随身門であった。明治の神仏分離の際、鎌倉八幡宮の経蔵から二天像をここに移し、二天門と改称したが、二像は戦時中に修理先で焼失、今ある二像は、寛永寺厳有院(げんゆういん)霊廟(れいびょう)勅額門から移されたものである。戦前国宝の指定を受けていた旧本堂、旧仁王門、旧五重塔は戦火で失われたが、二天門は災禍を免れた。切妻造り、八脚門で、左右にある木造の持国天、増長天の二像は都の有形文化財である。()

写経供養塔
写経供養塔
一葉観音
一葉観音
瓜生岩子之像
瓜生岩子之像

(中央上)一葉観音 秩父三十四観音札所の第三十二番法性寺の観音像を模して造られている。蓮の一枚の花びらの上に乗り、櫂を持ち、笠をかぶっている。新吉原の「ひで」という女が、奉公に出していて水死した息子の菩提を願って造立したもの。
(右上)瓜生岩子之像 福島県会津に生まれ、その半生を社会福祉事業にささげた人。この像は岩子の善行をたたえ作られたもの。()

仲見世
仲見世
仲見世
仲見世

(上下)仲見世(なかみせ) 日本で最も古い商店街の一つ。雷門から宝蔵門前まで約250m続き、みやげ物店のほかに飲食店も並ぶ。()

仲見世シャッター壁画
仲見世シャッター壁画
仲見世シャッター壁画
仲見世シャッター壁画

(上下)仲見世(なかみせ)シャッター壁画 閉店後はシャッター壁画が楽しめる。元絵は、東京芸術大学・平山郁夫教授研究室グループ(平成元年当時)の制作によるもので、三社祭、ほおずき市、隅田川花火、そして金龍の舞、白鷺の舞など、浅草の伝統行事や季節の風物詩が描かれている。()

仲見世シャッター壁画
仲見世シャッター壁画
仲見世シャッター壁画
仲見世シャッター壁画