世田谷八幡宮のご朱印
ご朱印

東京の神社・仏閣
世田谷八幡宮
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住所/〒156-0051 東京都世田谷区宮坂1-26-3
TEL/03−3429−1732
アクセス
★電車/小田急小田原線「豪徳寺」駅から徒歩約8分
      東急世田谷線「宮の坂」駅から徒歩約4分
★車/首都高速「永福」ランプから約15分
駐車場/約30台(無料)
拝観料/無料  境内自由

一の鳥居
一の鳥居
一の鳥居神額
一の鳥居神額

御祭神は應神天皇(おうじんてんのう)誉田別命(ほんだわけのみこと)、八幡大神)、仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)神功皇后(じんぐうこうごう)()

二の鳥居
二の鳥居
拝殿
拝殿

1091年、陸奥国鎮守府将軍であった源義家は、清原家衡(いえひら)金沢柵(かねざわさく)(秋田県横手市金沢)にて攻め平定した後三年の役の帰途、この世田谷の里にて豪雨に遭い天気回復を待つため、十数日間滞在することとなった。ここで今度の戦勝は日頃氏神としている八幡大神の御加護に依るものと感謝し、豊前国の宇佐八幡宮の御分霊をこの地に勧請し祀り、里人にこの御祭神を郷土の鎮守神として篤く信仰するよう教え、またそのとき兵士に奉納相撲を取らせたと伝えられる。()

高良神社
高良神社
厳島神社
厳島神社

その後、1546年に世田谷城主で吉良頼貞(頼康)によって社殿が建立、遷宮されたという。
吉良氏は1590年、豊臣秀吉の関東征伐で小田原の北条氏と共に滅んでしまったが、翌年に江戸城に入城した徳川家康も源氏の出身であり、その氏神八幡神を崇敬し、当社に社領を寄進、以来徳川家代々に保護されてきた。()

土俵
土俵
力石
力石

明治維新後は、1872年(明治5年)に世田谷の総鎮守として郷社宇佐神社となり、終戦後は国家管理を離れたので、郷社の社格も廃止され、また社名も元来の世田谷八幡宮となった。
現在の社殿は1964年(昭和39年)に改築されたもの。
昔は境内では農作物の出来を占う奉納相撲が行われていた。今でも土俵や力石があり、秋の例祭には奉納相撲が行われる。()