京都の神社・仏閣
山科別院長福寺
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住所/〒607-8087 京都市山科区竹鼻サイカシ町13-17
TEL/075−581−3410
アクセス
★電車/地下鉄東西線「東野」駅から徒歩約10分
     JR琵琶湖線「山科」駅から京阪バス「山階校前」バス停下車 徒歩約5分
★車/名神「京都東」ICから約10分
駐車場/数台(無料)
拝観料/無料
拝観時間/9:00〜16:00

山門
山門
本堂
本堂

真宗大谷派。東本願寺の山科別院。東別院、東御坊とも呼ばれる。
1732年、本山17世真如上人が当時東本願寺の境内にあった長福寺を、現在地に移築し創建した。本尊は阿弥陀如来立像。
南西へ徒歩3分の所に「真宗再興の祖」と仰がれる本願寺8世蓮如上人の御廟所がある。()

蓮如上人像
蓮如上人像
鐘楼
鐘楼

蓮如上人御廟所

蓮如上人御廟所
蓮如上人御廟所

もともと山科本願寺は、本願寺中興の祖と仰がれる蓮如上人ゆかりの聖地である。1465年、蓮如上人が本願寺第8代宗主の時、京都東山・大谷本願寺が比叡山の僧徒により破却された(寛正の法難)。その後、蓮如上人は京都から近江に難をさけ、そして越前(福井県)吉崎に移り布教する。当時、社会は発展し、農民は力をつけ、蓮如上人の活動に合わせ門徒は増加し、中には一揆を扇動するものも現れた。蓮如上人は争いを沈静化するために吉崎を離れ、1478年、近州・金森道西の願いにより、山科郷野村西中路に坊舎を建てた。これが山科本願寺のはじまりである。その後は一説によれば、御影堂・阿弥陀堂を中心に43万坪ともいわれる広大な寺領を有したといい、蓮如の息子第9代実如上人、曾孫第10代証如上人と続いた。
ところが1532年8月、日蓮宗徒、比叡山僧徒が、六角定頼の兵とともに山科本願寺を襲撃、御堂に火が放たれ、ことごとく灰尽に帰し、本願寺は蓮如上人が造営していた大阪・石山坊舎(現在の大阪城)に移った。
1602年に本願寺が西と東に分立後も、全国の蓮如上人を慕う門徒が御廟の管理や念仏道場の寺院造営を懇請し、山科本願寺焼失から200年後、両派の山科別院が建立された。
現在この御廟所は両別院により管理されている。()

連絡先表示
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蓮如上人御廟所
蓮如上人御廟所
蓮如上人御廟所石碑
蓮如上人御廟所石碑