常寂光寺のご朱印
ご朱印

京都の神社・仏閣
常寂光寺
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住所/〒616-8397 京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3
TEL/075−861−0435
アクセス
★電車/JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」駅下車 徒歩約15分
     京福電車「嵐山」駅下車 徒歩約20分
     阪急電車「嵐山」駅下車 徒歩約35分
     市バス「嵯峨小学校前」バス停下車 徒歩約15分
★車/名神「京都南」ICから約30分
駐車場/5台(無料)
拝観料/400円
拝観時間/9:00〜17:00

山門
山門
山門扁額
山門扁額

日蓮宗。山号は小倉山。開山は究竟(くきよう)(にっしん)上人(権大納言広橋国光の息男)。1595年(文禄4年)豊臣秀吉が建立した東山方広寺大仏殿の千僧供養への出仕・不出仕をめぐって、京都の本山が二派に分裂したとき、上人は不受不施の宗制を守って、出仕に応ぜず、やがて本圀寺(ほんこくじ)を出て小倉山の地に隠栖し、常寂光寺を開創した。
当時歌人としても著名であった(にっしん)上人に、歌枕の名勝小倉山を隠栖地として提供したのは角倉栄可(えいか)了以(りょうい)である。当時、小倉山一帯の土地は、高瀬川開削で名高い角倉一族の所有であった。1606年了以が丹波の物産を京都に運ぶため、大堰川浚鑿(おおいがわしゅんさく)工事を行ったとき、上人の大檀那であった備前伊部の瀬戸内水軍の旗頭である来住一族に依頼し、了以の事業を支援した。いまの嵯峨の夏の風物となっている保津川下りの起こりである。()

仁王門
仁王門
仁王門
仁王門

(上)仁王門 もと本圀寺(ほんこくじ)客殿の南門として貞和年間(南北朝時代)に建立されたものを、1616年に移築され、1825年と1976年に解体修理されたもの。
仁王像は丈七尺、若狭小浜の長源寺より移されたもので運慶の作と伝えられる。()

本堂
本堂
本堂庭園
本堂庭園

(上)本堂 第二世通明(つうみょう)日韶(にっしょう)上人(日野大納言輝資の息男)代に小早川秀秋の助力を得て、桃山城客殿を移築したもの。()

多宝塔
多宝塔
多宝塔
多宝塔

(上)多宝塔 第二世日韶(にっしょう)上人代に建立されたもの。後に霊元天皇より宸筆並尊閣(へいそんかく)という三字額の下賜を受け掲げている。()

妙見堂
妙見堂
鐘楼
鐘楼

(左上)妙見菩薩 北極星または北斗を象徴した菩薩であることから、妙見尊星王、北辰妙見菩薩などといわれる。此処の妙見菩薩は洛陽十二支妙見の一つに数えられている。
慶長年間(1596〜1610年)保津川洪水の際、上流から流れついた妙見菩薩像をふもとの角倉町の一船頭が拾い、久しく同町の集会所に祀っていたが、享和年間(1801〜1803年)に境内に遷座されたもの。御所から西の方角に当たることから「酉の妙見菩薩」となり、江戸時代末期から昭和初期にかけては、京都市内だけでなく関西一円から開運、厄除けの御利益を願う参拝者で賑わった。()

開山堂
開山堂
歌仙祠
歌仙祠

(右上)歌仙祠(かせんし) もとは今の仁王門北にあった藤原定家の小祠を創立当時に山上に移転したもので、現在の建物は1994年(平成6年)平安遷都1200年事業として改築したもの。歌仙祠(かせんし)とは、1890年(明治23年)定家卿650年祭に当たって祠堂改築の頃、富岡鉄斎が命名したもので、扁額に奉掲されている。祠内には定家卿、家隆卿が祀られている。()