郭巨山(かっきょやま)  【舁山(かきやま)
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四条通西洞院東入ル郭巨山町

巡行
巡行
巡行
巡行

貧困のあまり、母と子を養うことができず、思い余って我が子を山へ埋め捨てようとしたところ、黄金の釜を掘り当て、母親孝行をしたという中国の史話「二十四孝」の一人である郭巨の故事を題材にした山。「釜掘り山」ともいわれる。()

宵山
宵山
会所
会所

山に飾る御神体(人形)の郭巨と童子は1790年(寛政2年)金勝亭九右衛門の作。前懸(まえかけ)は1785年製の唐美人遊楽図の絽刺(ろざし)胴懸(どうかけ)は石田幽汀(ゆうてい)(1721〜1786年)の下絵による呉道子描龍図と陳平飼虎図の刺繍で1785年の松屋源兵衛の作。旧後懸(うしろかけ)として1785年改修の黒ビロード地福禄寿図刺繍がある。見送(みおくり)は1816年製で円山応震(おうしん)(1790〜1838年)の下絵による山水仙人図。
1983年(昭和58年)から新しく上村松篁(しょうこう)原画による秋草図前懸、花の汀図および春雪図胴懸、都の春図見送の綴織(つづれおり)を順次新調、後懸は阿国歌舞伎図綴織(つづれおり)を新調した。千宗室(鵬雲斎(ほううんさい))寄贈の漢詩文の見送がある。
この山に限って、桐桜菊の欄縁(らんぶち)の下に金地彩色宝相華文様(きんじさいしきほっそうげもんよう)乳隠(ちかく)しが用いられ、また屋根覆いをかけている。()