相国寺のご朱印
相国寺 ご朱印

相国寺
大光明寺(京都十三仏霊場) ご朱印

大光明寺

(京都十三仏霊場)

京都の神社・仏閣
相国寺
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住所/〒602-0898 京都市上京区相国寺門前町701
TEL/075−231−0301
アクセス
★電車/地下鉄烏丸線「今出川」駅下車 徒歩約10分
★車/名神「京都南」ICあるいは「京都東」ICから25〜30分
駐車場/約10台(無料)
境内自由  特別拝観料/800円
拝観時間/10:00〜16:00

総門
総門
境内参道
境内参道

京都御所の北約300メートルほどのところに位置し、正式には「萬年山相國承天禅寺」と言う。
足利三代将軍義満が、後小松天皇の勅命をうけ、約10年の歳月を費やして1392年に完成した。
末寺は北山鹿苑寺(通称金閣寺)東山慈照寺(通称銀閣寺)等、北海道から九州に至るまで全国に130ヶ寺を擁し、臨済宗相国派の大本山として法幢をかかげている。神仏霊場京都19番。
京五山第二位の名刹であり、三門や仏殿などの址がよく残っている。1384年仏殿が落慶してから何回か被災と復興を繰り返し、最後に1788年天明の大火で法堂や勅使門を残して中心伽藍も焼けてしまった。()

鐘楼
鐘楼
浴室
浴室

相国寺の名前の由来 「相」は「しょう」と読み、「相国」とは国をたすける、治めるという意味で中国からきた名称であるが、日本でも左大臣の位を相国と呼んでいた。相国寺を創建した義満は左大臣であり、相国であることから、義満のお寺は相国寺と名付けられた。またこの時代は中国では明であったが、このとき中国の開封に大相国寺という中国における五山制度の始まりのお寺があり、この大相国寺の寺号を頂き「相国寺」と名付けられたのである。中国、開封市の「大相国寺」は現在も存在しており、相国寺とは友好寺院の締結をしている。()

勅使門
勅使門
法堂
法堂

(左上)勅使門 正面の総門の西に並んで立っている。総門が日常の通用門であるのに対して平常は閉じられ御幸門とも呼ばれる。
(右上)法堂(はっとう) 1605年豊臣秀頼の寄進で5回目の再建。法堂建築としては最古であり、1910年(明治43年)に特別保護建造物、1929年(昭和4年)に旧国宝、1950年(昭和25年)に文化財保護法によって重要文化財に指定されている。()

庫裡
庫裡
経蔵
経蔵

(右上)経蔵 天明の大火によって焼失した宝塔の跡地に1860年に建立されたもの。()

大通院(専門道場)
大通院(専門道場)
養源院
養源院

大光明寺
大光明寺
大光明寺
大光明寺

(上下)大光明寺 相国寺塔頭。京都十三佛霊場第4番札所。相国寺が建立される以前、1339年に後伏見天皇(1288〜1336)の皇后、広義門院西園寺寧子が天皇の菩提を弔うため、伏見離宮の傍らに一寺を建立したのが始まりであり、皇后の法号大光明院を寺号とした。1903年(明治36年)塔頭の心華院と天明の大火で焼失していた大光明寺、及びすでに廃絶していた常徳院の3ヶ寺が合併され、心華院の寺域伽藍を改めて、寺号も大光明寺として再興されている。()

大光明寺
大光明寺
大光明寺
大光明寺

寺社巡り覚書
相国寺の東門を通り抜け50mほど東に行くと、蛤御門の変・鳥羽伏見戦争で戦死した薩摩藩士が埋葬された墓地があり、「甲子役・戊辰役薩藩戦死者墓」という碑がたっている。()

薩摩藩士之墓
薩摩藩士之墓