千本釈迦堂のご朱印
新西国霊場 ご朱印

新西国霊場
京都十三仏霊場 ご朱印

京都十三仏霊場
ぼけ封じ近畿十楽観音霊場 ご朱印

ぼけ封じ近畿十楽観音霊場
ぼけ封じ三十三観音霊場 ご朱印

ぼけ封じ三十三観音霊場

京都の神社・仏閣
千本釈迦堂
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住所/〒602-8319 京都市上京区五辻通六軒町西入溝前町1034
TEL/075−461−5973
アクセス
★電車/JR「京都」駅あるいは阪急京都線「河原町」「烏丸」「大宮」各駅から
        市バス「上七軒」下車徒歩約3分
★車/名神「京都南」ICあるいは「京都東」ICより約20〜25分
駐車場/約25台(無料)
入山料/無料
本堂・霊宝殿拝観料/500円
拝観時間/9:00〜17:00

参道
参道
山門
山門

真言宗智山派。山号は瑞応山。大報恩寺(だいほうおんじ)という名称であるが、一般的には「千本釈迦堂」という通名で親しまれている。
新西国霊場第16番札所、京都十三佛霊場第8番札所、ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第2番札所、ぼけ封じ三十三観音霊場第2番札所。()

北野経王堂願成就寺
北野経王堂願成就寺
不動明王堂
不動明王堂

1221年、藤原秀衡の孫である義空上人が、猫間中納言光隆の家卒の岸高より寄進を受けたこの地に小堂を建て一仏十弟子像を安置したのが始まり。
当初は倶舎、天台、真言の三宗の霊場として堂塔伽藍も整い壮麗を極め、兼好法師のころは一層にぎやかで徒然草227、237段にも記述され、現在に伝えられている。
応仁・文明の乱には京洛はほとんど灰塵と化したが、本堂だけは奇跡的に焼け残り、貴重な遺構として建築学上からも重要視されている。()

稲荷社
稲荷社
ぼけ封じ観音菩薩像
ぼけ封じ観音菩薩像

本堂
本堂
(左)ご朱印所、(右)本堂
(左)ご朱印所、(右)本堂

(上下)本堂(釈迦堂) 1223年に着工、1227年に上棟の京都最古の国宝建造物。
堂内には、鎌倉初期の名工快慶の弟子行快作の本尊釈迦如来坐像を安置、また霊宝殿内には快慶作の十大弟子像をはじめ、六観音菩薩像、千手観音立像、銅像釈迦誕生仏立像など数多くの文化財を所蔵している。()

本堂の柱
本堂の柱
本堂の柱
本堂の柱
本堂
本堂

おかめ塚
おかめ塚
布袋尊
布袋尊

(左上)おかめ塚(おかめ像と宝篋印塔) 「おかめ伝説」が有名。おかめとは釈迦堂の工事を任された大工の棟梁高次の女房のこと。高次は名人かたぎで聞こえた大工だったが、その工事で何を間違ったか摂津の国から寄進された特別の名材四本の柱のうちの一本を、寸法を間違って短く切ってしまった。高価な木材でかわりになるものはない。悩んでいる夫に「いっそのこと他の三本も同じように短く切れば」と進言したのである。このおかげで安定感豊かな本堂が完成し棟梁の面目も保てた。()

おかめの置物
おかめの置物
おかめの置物
おかめの置物
本堂内部のおかめ像
本堂内部のおかめ像

ところが、当のおかめは棟上の前に自害してしまった。女房の知恵で救われたということが世間に知れるとせっかくの夫の名声にかかわると判断したらしい。
高次は上棟の日、亡き妻の面を御幣に飾り、冥福と本堂の無事完成を祈ったという。
その話を聞いた人々は、おかめの菩提を弔うために境内に宝篋印塔を建立し、誰言う事なくこれを「おかめの塚」と呼ぶようになったという。()

おかめ福節分会
2月3日当日祭、15時から本堂にて拝観無料
厄除祈願法要の後、古式による鬼追いの儀、つづいて各界名士による福豆まきが行われる。

古式厄除行事を待つ本堂
古式厄除行事を待つ本堂
舞の奉納・上七軒の舞妓さん
舞の奉納・上七軒の舞妓さん
鬼追いの儀(鬼の登場)
鬼追いの儀(鬼の登場)
鬼追いの儀(鬼は外と豆まき)
鬼追いの儀(鬼は外と豆まき)
鬼追いの儀(鬼は逃げずにやりたい放題)
鬼追いの儀(鬼は逃げずにやりたい放題)

鬼追いの儀(おかめさんの登場)
鬼追いの儀(おかめさんの登場)
鬼追いの儀(鬼の退散)
鬼追いの儀(鬼の退散)
着物を召したおかめ像
着物を召したおかめ像
招福豆まき
招福豆まき
福引
福引