護王神社のご朱印帳とご朱印
ご朱印帳
ご朱印 ご朱印

京都の神社・仏閣
護王神社
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住所/〒602-8011 京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385
TEL/075−441−5458
アクセス
★電車/地下鉄烏丸線「丸太町」駅下車 徒歩7分
      市バス「烏丸下長者町」バス停下車すぐ
★車/名神「京都南」IC、「京都東」ICより約20分
駐車場/約10台(境内)
拝観料/無料
拝観時間/6:00〜21:00

鳥居と表門
鳥居と表門
拝殿
拝殿

ご祭神は和気清麻呂公命(わけのきよまろこうのみこと)とその姉和気広虫姫命(わけのひろむしひめのみこと)。もとは高雄山神護寺境内に和気清麻呂の霊社として祀られていたが、明治天皇の勅命により御所の蛤御門の前に社殿が造営され、1886年に遷座された。姉の和気広虫は1915年に合祀されている。
和気清麻呂は奈良時代の称徳天皇の時、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)を皇位に即けようとした企てを阻止して、宇佐八幡宮からの正しい神託を伝えたために流罪になった話で有名。()

中門と本殿
中門と本殿
拝殿(平成24年大絵馬)
拝殿(平成24年大絵馬)

拝殿の前に左右一対の猪の石像が立っているが、これは和気清麻呂が弓削道鏡の怒りにふれて大隅国(鹿児島県)に流され、その際刺客に足の筋を切られたが、大隅に向かう途中、お礼のため再度宇佐八幡宮にお参りに向かうと、現れた猪の一群が道中を守ってくれたという伝承によるもの。そして無事参詣をすませると足がすっかり治っていたことより、和気清麻呂は足腰のトラブルに霊験あらたかな神様として信仰を集めている。()

「忠烈」の額
「忠烈」の額
霊猪手水舎
霊猪手水舎
霊猪手水舎
霊猪手水舎

(左上)「忠烈」の額 軍艦「高雄」には護王神社の分霊が祀られ、その御加護により武運に恵まれ沈没することなく、その任を全うした旧日本海軍の数少ない艦艇の一つであった。()

いのししコレクション
いのししコレクション
飛翔親子猪
飛翔親子猪

拝殿の前には狛犬の代わりに雌雄一対の狛猪が建てられている。これは和気清麻呂が宇佐に向かう際、300頭もの猪に護られたことから、崇敬者に奉納されたものであるが、境内にはそれ以外にも多数の奉納された猪が展示されている。またこの地にあった樹齢300年の桂の木から作られたチェーンソー彫刻「飛翔親子猪」も展示されている。()

いのしし剥製
いのしし剥製
白いのしし(平成27年正月)
白いのしし(平成27年正月)

霊猪手水舎
霊猪手水舎
和気清麻呂公銅像と護王会館
和気清麻呂公銅像と護王会館

(右上)和気清麻呂公銅像 1998年和気清麻呂公千二百年祭を記念して、境内北側に清麻呂公の銅像が建てられた。
・和気清麻呂(733〜799年)
道鏡事件の際、宇佐神宮に勅使として赴いたほか、桓武天皇の代には平安京への遷都を献策し、造営大夫として都づくりに尽力した。
・和気広虫(730〜799年)
和気清麻呂の姉。孝謙上皇、称徳天皇に仕える女官。戦乱で生じた多くの孤児たちを養育し、子育て、保育の祖神として信仰されている。()

日本一のさざれ石
日本一のさざれ石
末社
末社

(左上)日本一のさざれ石 岐阜県揖斐郡春日村産。「さざれ石」は同県小林宗一(号宗閑)によって発見解明され、学名は石灰質角礫岩(せっかいしつかくれきがん)という。石灰岩が長い年月のうちに雨水に溶解し、時には乳液状となって大粒な石、小粒な石を次々と集結して自然に大きな巌となったもの。
905年醍醐天皇の勅命によって撰進された「古今和歌集」の巻七「賀歌」に、天皇の大御代の弥栄を寿ぎこの石の如くましませと詠まれており、この歌の「わが君は」の部分が修正されて日本の国歌となった。国民が心を一つにして進めば、末永く平和で繁栄に向かうという事を意味している。
   君が代は 千代に八千代に さざれ石の
       巌となりて 苔のむすまで()