熊本の神社・仏閣
草部吉見(くさかべよしみ)神社

住所/〒869-1811 熊本県阿蘇郡高森町草部2175
TEL/0967−64−0355
アクセス
★車/九州中央自動車道「蔵田」出口より約50分
    九州自動車道「熊本」ICより約1時間20分
駐車場/約20台(無料)
拝観料/無料  境内自由

正面鳥居
正面鳥居
下り参道石段・拝殿
下り参道石段・拝殿

主祭神は日子八井命(ひこやいのみこと)(別名国龍神、草部吉見神(くさかべよしみのかみ)阿蘇神社では三宮に奉斎。)、ほか十一神を祀る。
鵜戸神宮(宮崎県日南市)、一之宮貫前神社(群馬県富岡市)とともに日本三大下り宮のひとつ。
第7代孝霊天皇の御代(紀元前287年)の創祀とされる。()

拝殿
拝殿
拝殿神額
拝殿神額

御祭神は
一の宮 日子八井命(ひこやいのみこと)(神武天皇の子)
二の宮 比東芬q命(ひめみこのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の妃)
三の宮 天彦命(あめひこのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の子、三郎神社御祭神)
四の宮 天比当ス(あめひめのみこと)天彦命(あめひこのみこと)の妃、三郎神社御祭神)
五の宮 阿蘇都彦命(あそつひこのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の甥、神武天皇の孫、阿蘇大神健磐龍命(たけいわたつのみこと)
六の宮 阿蘇都比当ス(あそつひめのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の娘にして阿蘇大神の妃)
七の宮 新彦命(にひひこのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の子)
八の宮 彌比当ス(やひめのみこと)新彦命(にひひこのみこと)の妃)
九の宮 速瓶玉命(はやみかたまのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の外孫、阿蘇大神の子)
十の宮 若彦命(わかひこのみこと)新彦命(にひひこのみこと)の甥、天彦命(あめひこのみこと)の子)
十一の宮 新比当ス(にひひめのみこと)新彦命(にひひこのみこと)の娘)
十二の宮 彦御子命(ひこみこのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の外曾孫、速瓶玉命(はやみかたまのみこと)の子)()

拝殿・本殿
拝殿・本殿
本殿欄間
本殿欄間

日子八井命(ひこやいのみこと)は、神武天皇69年(紀元前592年)、東征の時、日向高千穂より草部に入り、しばらく川走の窟(イワヤ)に住んだ後、今の草部吉見神社の所にあった池を干し宮居と定めた。
創建は阿蘇神社に先立つこと6年と言われる。
宮居を定めた翌年、健磐龍命(たけいわたつのみこと)神八井耳命(かんやいみみのみこと)の御子・阿蘇大神とも言う)が下向したのを迎え、請われた姫を健磐龍命(たけいわたつのみこと)の妃にした。この姫が阿蘇都比当ス(あそつひめのみこと)であり、日子八井命(ひこやいのみこと)健磐龍命(たけいわたつのみこと)と力を併せ、内には九州鎮護、外には東征という朝廷の国土統一事業の一翼を担った。()

神楽殿
神楽殿
正面鳥居
正面鳥居

下り参道石段
下り参道石段
本殿脇障子
本殿脇障子
御神木の枝
御神木の枝

天正年間(1573〜1592年)には豊後の大友氏が肥後に侵攻し、社領は略奪され権大宮司家は一時祠官家を離れて村民の中に身を潜めた。
1793年に祠官家が復興され、1810年には祝部家が再興された。
社殿は1556年に甲斐左近将親成によって造営され、のち幾度か修理されたと伝えられる。
社殿下に吉ノ池(八功徳水とも言う)と呼ばれる湧水池がある。()

塩井社鳥居
塩井社鳥居
御塩井
御塩井・吉ノ池(八功徳水)

三郎神社 鳥居
三郎神社 鳥居
三郎神社 本殿
三郎神社 本殿

草部吉見神社から約1Km南に行ったところに日子八井命(ひこやいのみこと)の御子天彦命(あめひこのみこと)天彦命(あめひこのみこと)の妃天比当ス(あめひめのみこと)を祀る摂社三郎神社がある。()