健軍神社のご朱印
ご朱印

熊本の神社・仏閣
健軍(けんぐん)神社
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住所/〒862-0910 熊本市東区健軍本町13-1
TEL/096−368−2633
アクセス
★電車/JR豊肥本線「新水前寺」駅から
      熊本市電(路面電車)で「健軍校前」駅下車 徒歩約6分
★車/九州自動車道「益城熊本空港」ICより約7分
駐車場/約100台(無料 21時で閉鎖)
拝観料/無料  境内自由

楼門
楼門
拝殿
拝殿

御祭神は
・健軍大神[健緒組命(たけおぐみのみこと)](火国造の祖・阿蘇大神5世の孫・阿蘇大神叔父)
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)(造化三神・別天津神)
仲津彦神(なかつひこのかみ)
仲津姫神(なかつひめのかみ)
・阿蘇大神[健磐龍命(たけいわたつのみこと)](神八井耳命(かんやいみみのみこと)の子・神武天皇の孫)
阿蘇津姫命(あそつひめのみこと)健磐龍命(たけいわたつのみこと)の妃)  
神渟名川耳命(かむぬなかはみみのみこと)綏靖(すいぜい)天皇・神沼河耳命・神武天皇の子)、
日子八井命(ひこやいのみこと)草部吉見神(くさかべよしみのかみ)・國龍命・神武天皇の子)、
國造速瓶玉命(くにのみやつこはやみかたまのみこと)健磐龍命(たけいわたつのみこと)の子)、
比東芬q命(ひめみこのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の妃)、
彦御子命(ひこみこのみこと)速瓶玉命(はやみかたまのみこと)の子)  
若比当ス(わかひめのみこと)彦御子命(ひこみこのみこと)の妃)、
新彦命(にひひこのみこと)日子八井命(ひこやいのみこと)の子)、
新比当ス(にひひめのかみ)新彦命(にひひこのみこと)の娘)、
若彦命(わかひこのみこと)新彦命(にひひこのみこと)の子・新比当ス(にひひめのかみ)の弟)、
彌比当ス(やひめのみこと)新彦命(にひひこのみこと)の妃)
古来この地には、健緒組命(たけおぐみのみこと)天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)仲津彦神(なかつひこのかみ)仲津姫神(なかつひめのかみ)が祀られていたが、558年に阿蘇神社の大宮司に神託があり、同神社を勧請して、異賊鎮退のため西に向けて社を建て社号を「健軍(たけみや)」と称した。そして、昭和以降になって「たけみや」が「けんぐん」と読まれるようになった。()

本殿
本殿
祈祷殿
祈祷殿

社伝によれば、558年12月13日に阿蘇大明神を崇敬していた肥後の国司藤原法昌は、阿蘇神社参詣の折り、大雪が道路を塞いで進退出来ず、暫くこの地の椎の樹の下に野陣を張って雪が晴れるのを待った。
国司は、阿蘇宮を遥拝して、心底、阿蘇大神をここに勧請すれば、老人や病弱者又子供達がいつでも参拝できるのだがと祈念していると、3歳ぐらいの童子が突然石の上に現れ、国司に向かい「汝、阿蘇大神を尊信し、二心なく厳寒積雪を苦ともせず、遠途の労を憐み大神を此の地に勧請すべく、然るに阿蘇宮は皇城鎮護の為東に向かい、当社は夷賊新羅鎮退のため西に向かい、健軍と号すべし。汝に託す。吾阿蘇大神也」と宜り終えて姿を消した。国司は多いに驚き、朝廷に奏上して直ちに社殿を創建して、阿蘇大神の荒霊を鎮祭し健軍神社と号したという。()

美和神社
美和神社
国造神社・日吉神社・天社神社
国造神社・日吉神社・天社神社

雨宮神社
雨宮神社
楼門天井絵
楼門天井絵
矢城神社
矢城神社

当社は、阿蘇神社(阿蘇市)、甲佐神社(上益城郡甲佐町)、郡浦神社(宇城市)と共に「阿蘇四社」と称せられ、熊本市内で最古の神社と伝わる。()

楼門
楼門
参道
参道