寺社巡り覚書
錦帯橋(きんたいきょう) 岩国市の錦川にかかる5連の橋。日本三名橋に数えられ、国の名勝に指定されている。
関ヶ原の戦いで敗れた西軍に属していた吉川家は岩国3万石に移封となる。初代領主吉川広家は錦川を挟んで山を背負う横山の地形が防衛にも有利とし町の中心に定めた。そして錦川に分断された城下町を繋ぐために早くから橋が架けられた。しかし洪水のたびに橋は流出していた。3代領主・広嘉は中国の名勝西湖を描いた書物に5つの小島を繋ぐ6つのアーチ橋を見つけた。ここから錦帯橋の着想を得たと伝わっている。そして実現するため研究が重ねられ、1673年に錦帯橋が創建された。その後は度々の洪水により橋脚が崩壊し流出したが、修復と架け替えを重ね現在の姿となっている。()
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御橋印
御橋印
錦帯橋
錦帯橋