水堂安福寺の御朱印
九州四十九院薬師霊場 御朱印

九州四十九院薬師霊場
九州四十九院薬師霊場 御朱印

九州四十九院薬師霊場
聖観音 御朱印

聖観音

佐賀の神社・仏閣
水堂安福寺(みずどうあんぷくじ)
【水堂安福寺のサイトへ】

住所/〒849-1104 佐賀県杵島郡白石町大字堤3144
TEL/0952−84−3033
アクセス
★電車/JR長崎本線「肥前白石」駅よりタクシーで約10分
★車/長崎自動車道「武雄北方」ICから約20分
駐車場/約20台(無料)
拝観料/無料

本堂
本堂
本堂内陣
本堂内陣

天台宗。山号は日輪山(にちりんざん)。本尊は阿弥陀如来。
九州四十九院薬師霊場第38番札所。()

観音堂
観音堂

寺伝によると、聖武天皇の御代(724〜49年)一人の猟師が白鹿を射たところ、白鹿は金色の光を放って消え、あとに石の観音菩薩像があり、矢はその腹に刺さっていた。これを見た猟師は多年の殺生を悔いて出家、庵を結び、法弓と号して修行三昧に暮らし、水堂開山の礎をつくったという。
その後、平安時代1170年に高倉天皇が病を患ったとき、霊夢に「肥前国日輪山中に湧く霊水を服せば病はたちまち治る」と観音様が告げた。帝は杵島の領主平重盛に命じて霊水を求め、帝は服して病は平癒した。そこで勅命により、水堂安福寺に七堂伽藍に六十六坊を建立、大いに栄えたという。()

霊水堂
霊水堂
薬師堂
薬師堂

三重塔
三重塔
宝塔(重盛の塔)
宝塔(重盛の塔)

1574年に須古城主平井氏が龍造寺隆信との戦で敗れ、その際に安福寺は焼失した。龍造寺氏は須古鍋島家の祖となり、1707年に鍋島茂明の外護により再建したが、1951年(昭和26年)本堂と庫裡を焼失、1957年(昭和32年)に再建して現在に至る。
また縁起には、僧法弓が修行のとき、毎年旧暦4月15日寅上刻から7月15日未刻まで、観音像の腹部から霊水が湧き出たとあり、今でもこの時期に出水法要がある。毎年、多数の参拝者が訪れ、観音堂にてご先祖様の回向をし、霊水堂に塔婆を供え、霊水をいただいている。()

親子地蔵
親子地蔵
十六羅漢像
十六羅漢像
参道石段
参道石段
桜の参道石段
桜の参道石段



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