高野山真言宗。山号は如意山。摂津国八十八ヶ所霊場第19番札所。 本尊は如意宝珠融通尊。通称「大阪の融通さん」。
弘仁年間(810〜824年)に藤原冬嗣の発願により、甥の任瑞上人を開基として建立された。藤原家を治める寺であるところから藤治寺と称していたが、明治初年には、生玉十坊の一つである地蔵院を併合し、藤次寺と改称、現在に至る。 慶長年間(1596〜1615年)加藤清正が大檀主となり、金堂、諸堂宇、庫裡などを建立、広大な寺域を有していた。しかし、1945年(昭和20年)の戦災により全焼した。その後、都市計画のために境内地の移転があり、1960年(昭和35年)に金堂、庫裡、寺務所が完成した。
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