蓮城寺の御朱印と御影
九州八十八ヶ所百八霊場 御朱印

九州八十八ヶ所百八霊場
九州八十八ヶ所百八霊場 御影

九州八十八ヶ所百八霊場
御 影
九州八十八ヶ所百八霊場 開創35周年記念御影

九州八十八ヶ所百八霊場
開創35周年記念 御影
九州西国霊場 御朱印

九州西国霊場
九州四十九院薬師霊場 御朱印

九州四十九院薬師霊場

大分の神社・仏閣
蓮城寺(れんじょうじ)
【蓮城寺の紹介サイトへ】

住所/〒879-7124 大分県豊後大野市三重町内山527
TEL/0974−22−0598
アクセス
★電車/JR豊肥本線「三重町」駅より大野竹田バスで「内山観音前」下車すぐ
★車/東九州自動車道「臼杵」IC、「大分宮河内」ICから約60分
駐車場/約100台(無料)
拝観料/無料
拝観・納経時間/9:00〜17:00

山門
山門
本堂
本堂

高野山真言宗。山号は有智山(ゆうちさん)。本尊は千手観音座像。通称「内山観音」と呼ばれる。
九州八十八ヶ所百八霊場第27番札所、百八観音霊場第86番札所、九州西国霊場第11番札所、九州四十九院薬師霊場第17番札所。()

輪蔵
輪蔵
大師堂
大師堂

欽明天皇の御代(554年)真名野長者(炭焼小五郎(すみやきこごろう))の開基、百済から渡来した蓮城法師の開山と伝わる。真名野長者は臼杵石仏を開基したとも伝えられる。()

寺号碑
寺号碑
鐘楼
鐘楼
延命地蔵尊
延命地蔵尊

蓮城は若くして隋国に渡り、天台山の慧思大師について学び、真名野長者の請いに応じて来日し有智山精舎を開山した。その後、海部郡深田荘に祇陀・療病・施薬・安養・快楽院を建立、紫雲山満月寺と号した。また伊予国に大山寺、周防国に般若寺を建立したが、573年渡来僧の隠悦大師に般若寺を、隠関大師に大山寺を譲り、616年に寂した。聖徳太子は蓮城の徳行をたたえ、蓮城寺の勅額を有智山精舎に下賜したという。()

長者堂
長者堂
長者堂
長者堂

炭焼小五郎夫婦は、家運富み栄え、欽明帝より真名野長者の称号をおくられ、豊後の国司の宣旨を被る程になったが、子供に恵まれなかった。貿易商の竜伯が持参した閻浮提金(えんぶだごん)の一寸八分観音像を信仰したところ、玉のような般若姫を授かった。般若姫は稀世の美人として遠く唐土まで聞こえ、欽明帝第四皇子橘豊日皇子(後の用明帝)と結ばれ、3年程して皇子は都に帰還されるが、般若姫も皇子の後を追って都に上る途中、山口県大畠浦で暴風雨に遭い、それが原因でこの地で亡くなった。長者は大変悲しんで、般若寺を建立して般若姫の菩提を弔った。般若姫は遭難の時、母の玉津姫から戴いた一寸八分観音像を海に投じて難から逃れたが、のちに一寸八分観音像は大魚の腹中から発見され、聖徳太子(用明帝の皇子)の命により、豊後国連城寺に差し戻され現在に到っている。毎年1月10日御開帳があり、遠近の参詣者から安産または海難予防の仏として厚く信仰されている。()

柱門
柱門
石造宝塔
石造宝塔

薬師堂
薬師堂
薬師三尊像
薬師三尊像

薬師堂には薬師三尊像の左右に998体の薬師如来立像が並び「千体薬師」と呼ばれる。像の高さはいずれも65cmの同大同形で、蓮華座に立ち、左手に宝珠を持ち右手は肘を曲げ施無畏の印を結んでいる。同一人の作と思われるが、作者は不明で四つの系統がある。記録によると1685、1703、1883年に修理をしている。製作年代は室町時代と推定される。()

千体薬師像
千体薬師像
千体薬師像
千体薬師像

般若姫像
般若姫像
般若姫像
般若姫像

薬師堂右手から山道を登れば、高さ22mの巨大な般若姫像がある。1991年(平成3年)当時の三重町がふるさと創成事業で造ったもの。般若姫は真名野長者の娘で、欽明天皇の皇子(後の用明天皇)との悲恋が伝えられている。()

般若姫小像
般若姫小像
真名野長者物語地名略図
真名野長者物語地名略図
真名野長者・般若姫物語(上)
真名野長者・般若姫物語(上)
真名野長者・般若姫物語(下)
真名野長者・般若姫物語(下)



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