梅宮大社の御朱印
御朱印

京都の神社・仏閣
梅宮大社
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住所/〒615-0921 京都市右京区梅津フケノ川町30
TEL/075−861−2730
アクセス
★電車/JR「京都」駅から市バス「梅ノ宮神宮前」下車 徒歩約3分
     阪急電車「松尾」駅下車 徒歩約15分
★車/名神「京都南」ICより約20分
駐車場/無料(約20台)
拝観料/500円(神苑)
拝観時間/9:00〜17:00
開門/(夏)6:30 (冬)7:00  閉門/(夏)18:00 (冬)17:30

一の鳥居
一の鳥居
二の鳥居
二の鳥居

御祭神は本殿四座に瓊々杵尊(ににぎのみこと)彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)大山祗神(おおやまずみのかみ)木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、相殿四座に嵯峨天皇(さがてんのう)仁明天皇(にんみょうてんのう)橘清友公(たちばなのきよともこう)橘嘉智子(たちばなのかちし)壇林(だんりん)皇后(こうごう)を祀る。
瓊々杵尊(ににぎのみこと)天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)瓊々杵尊(ににぎのみこと)の皇后、彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)はその子、大山祗神(おおやまずみのかみ)木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の父である。

楼門
楼門
手水舎と奉納された酒樽
手水舎と奉納された酒樽

大山祗神(おおやまずみのかみ)は、彦火々出見尊が安産であったことを喜び、狭名田(さなだ)の茂穂で天甜酒(あめのたむさけ)を醸み造って天神地祓に供えたことが日本書紀にも載っており、これが日本酒醸造の始まりで、酒造の守護神としてあがめられている。
大山祗神を酒解神(さかとけのかみ)、木花咲耶姫命を酒解子神(さかとけこのかみ)と称する所以でもある。

拝殿・本殿
拝殿・本殿
祓所
祓所

由緒は、今から凡そ1300年前、橘氏の祖・諸兄(もろえ)公の母、県犬養三千代(あがたいぬかいみちよ)が、山城国綴喜郡井出寺に橘氏一門の氏神として始めてお祀りした神社である。
その後、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子(壇林皇后)が現在の地に移し、自ら御幸して、お祭りになったのが有名な梅宮祭の起源である。
そして、延喜式の名神大社22社の中に列せられ、1871年官弊中社に列せられ、1953年宗教法人梅宮大社となった。

またげ石
またげ石
猿田彦大神・宇壽女命
猿田彦大神・宇壽女命

木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)瓊々杵尊(ににぎのみこと)に召されて一夜で懐妊したことが授子の神の由来であり、またこの時の疑いを恥じて、海岸の砂の上に戸の無い室屋を作って、その中に入って自身の貞節を誓って火を放ったが、火焔の中でも彦火々出見尊を安産になったことが安産の守護神たる所以である。
この故事によって、皇子のいない壇林皇后も祈願し、社殿の下の砂を産床の下に敷いて安産となった。この時にまたげ石をまたげられたと云う云い伝えがあり、子宝の幸薄き者・夫婦揃って参拝し祈祷の上、この石をまたげば子を授かることが出来ると言われ、多くの参拝者がある。

社務所
社務所

神苑入口
神苑入口
咲耶池と池中亭茶室
咲耶池と池中亭茶室

神苑の梅
神苑の梅
梅津の里(百人一首)の碑
梅津の里(百人一首)の碑

木花咲耶姫命の木花は梅花の雅称であり、子宝を授かる産と梅が合わせられ、梅宮の神花は創設以来、梅になっている。

神苑の梅
神苑の梅
咲耶池と池中亭茶室
咲耶池と池中亭茶室



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