霊鑑寺の御朱印
御朱印

京都の神社・仏閣
霊鑑寺(れいかんじ)
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住所/〒606-8422 京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町12
TEL/075−771−4040
アクセス
★電車/JR京都線「京都」駅から市バスにて
       「真如堂前」もしくは「宮ノ前町」下車 徒歩約5分
     または京阪電車「祇園四条」駅、阪急電車「河原町」駅、
      地下鉄烏丸線「四条」駅より
       市バスで「真如堂前」下車 徒歩約5分
★車/名神「京都東」ICあるいは「京都南」ICより15〜25分
駐車場/なし
拝観料、拝観時間/通常非公開(季節により特別公開あり)

寺号石碑と門前
寺号石碑と門前
山門
山門

臨済宗南禅寺派に属する尼門跡(あまもんぜき)寺院。
洛陽十二支妙見めぐり卯の寺。
1654年、後水尾(ごみずのお)天皇が「円成山(えんじょうざん)霊鑑寺(れいかんじ)」の山号と寺号を勅許し、同時に皇女浄法身院宮(じょうほっしんいんのみや)宗澄(そうちょう)を得度入寺させたことより始まる。以来明治維新まで5人の皇女、皇孫が人寺することとなり、「霊鑑寺(れいかんじ)尼門跡(あまもんぜき)」と称し、また所在する地より「鹿ケ谷(ししがたに)比丘尼(びくに)御所」や「谷の御所」と呼ばれている。()

大玄関
大玄関
本堂
本堂

本堂に安置されている如意輪観音像は、恵心(えしん)僧都(そうず)の作で、もと当寺より東の山中にあった如意寺の本尊と伝えられる。如意寺は平安初期に智証大師円珍によって創建された寺院で、南北朝の戦乱により焼失し、以来荒廃、廃絶していた。そこで後水尾(ごみずのお)天皇が、その像を本尊として霊鑑寺を創建したものと伝えられる。
創建当初、本堂などの建造物は現在の南隣にあったが、1686年に後西(ごさい)天皇の皇女普賢院宮(ふげんいんのみや)宗栄(そうえい)(当寺2世)の時、後西(ごさい)天皇の院御所旧殿のうち御休息所及び御番所を賜って現在地に移建されたのが、現在の書院と玄関である。また現在の本堂は1795年に11代将軍家斉(いえなり)の寄進によって建立されたものである。()

境内
境内
境内
境内

書院と池泉鑑賞式庭園
書院と池泉鑑賞式庭園
書院と池泉鑑賞式庭園
書院と池泉鑑賞式庭園

庭園は、東山連峰の大文字より延びる稜線をうまく使って書院の南に作られており、池を細くうがち、立石を使った石組みを配したもので、江戸時代中期の作庭技法を用いた池泉鑑賞式庭園である。庭内には後水尾天皇遺愛の日光(じっこう)椿をはじめ、数々の名椿が植えられ春に見事に咲き、また秋には京都の名木の一つに数えられる楓が美しく紅葉している。()

境内
境内
境内
境内



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