三宮神社のご朱印
ご朱印

兵庫の神社・仏閣
三宮神社
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住所/〒650-0021 神戸市中央区三宮町2-4-4
TEL/078−331−2873
アクセス
★電車/JR神戸線「元町」駅、阪神電車「元町」駅より徒歩約5分
     神戸市バス「三宮神社前」バス停下車すぐ
     神戸市営地下鉄湾岸線「旧居留地・大丸前」駅すぐ
★車/阪神高速神戸線「京橋」ランプより約5分
駐車場/なし
拝観料/無料  境内自由

鳥居
鳥居
拝殿
拝殿

御祭神は湍津姫命(たぎつひめのみこと)
生田裔神(えいしん)八社のひとつ。創建は未詳。
明治維新頃までは、神社の付近は山手まで一面田園で、宮は西国街道に面してあり、うっそうと繁った森をなし、遠方からの目標となった。
1868年に神社前の神戸の浦が開港され居留地が設定されることになって、その工事用に神社付近の丘を削って土を運ぶようになり昔の景観を失い、次第に周辺は開け、人家や商家が建ち並び、ついに今日見られる発展を遂げ、三宮の名は駅名や官公庁、会社、商店名につけられ全国に知られるようになった。()

神戸事件のころの大砲
神戸事件のころの大砲
稲荷社
稲荷社

神戸事件 1868年(明治元年)朝廷より徳川親藩の尼崎の押さえとして西宮の警備に備前藩が出ることになった。
正月11日、備前藩約2千の兵が三宮神社の前を通ったとき、突然、外国人が行列を横断しようとしたので、無礼を怒った藩士がその外国人を傷つけたのがもとで、当時港に停泊中の米英仏伊和普の外国軍艦の陸戦隊と銃火を交える騒ぎとなった。一時、神戸は外国人に占領されたが、談判の結果、この事件の責任者が各国士官立ち会いで死刑との要求を受け、備前藩士滝善三郎正信が兵庫永福寺で切腹をして事件は落着した。
この事件は三宮神社前で起こったので三宮事件と呼ばれていたが「神戸事件」と改められた。列士滝善三郎正信の霊を三宮神社境内に別社として祀る儀も一部に起こっているがまだ実現には至っていない。()

史蹟神戸事件発生地碑
史蹟神戸事件発生地碑
社号碑
社号碑
河原霊社
河原霊社

(右上)河原霊社 源平の史跡で、御祭神は河原太郎高直(兄)と河原次郎盛直(弟)。
1184年に起こった源平一ノ谷合戦のとき、生田の森で一番乗りの功名手柄を立て、2月7日に討死した。当初はこの付近に塚があったが、神戸開港以来の発展で跡を失ったため、1922年(大正11年)4月に三宮町三丁目の有志が、この有名な源平の遺跡を世に顕彰するとともに兄弟の霊を祀って河原霊社を建立した。そして三宮神社境内に1971年(昭和46年)遷された。()



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