高山寺のご朱印
紀伊之国十三仏霊場 ご朱印

紀伊之国十三仏霊場

和歌山の神社・仏閣
高山寺(こうざんじ)
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住所/〒646-0051 和歌山県田辺市稲成町392
TEL/0739−22−0274
アクセス
★電車/JRきのくに線「紀伊田辺」駅より徒歩約25分
★車/阪和自動車道「南紀田辺」ICより約5分
駐車場/約30台(無料)
拝観料/無料

本堂
本堂
(左から)薬師堂と新薬師堂
(左から)薬師堂と新薬師堂

田辺大師とも呼ばれる。真言宗御室派。山号は正南面山。
草創は聖徳太子、中興が弘法大師と言われる。
紀伊之国十三仏霊場第12番札所、近西国三十三所南紀霊場第4番札所。()

鐘楼
鐘楼
大師堂
大師堂

今から千三百数十年の昔、第33代推古天皇の御代に、熊野の国牟婁(むろ)の郡にお金持ちで知識の豊かな一人の長者がいた。この長者は聖徳太子の人格に深く感動し心から傾倒し、感化を受け熱心な仏教徒となった。この頃は仏教が渡来してまだ間もない頃であったが、太子は深く仏教に帰依し各地に寺院を建立していた。そしてこの長者は太子の御意をうけて、多年蓄積してきた私財をもって歳月をかけ、荘厳な御堂を南面山に建立し勧修問寺と名付けた。これが高山寺の始まり。()

不動堂
不動堂
観音堂
観音堂

戦国時代には豊臣秀吉の紀州征伐で焼き討ちにされたが、高野山の高僧・空増が入山して焼失した寺を再興した。そして空増を高山寺の中興開山第一世法印空増とし、以後の主管職は第何世法印と呼称するのが慣例になっている。
その後、江戸時代に興山寺、次に高山寺と改めて現在に至る。()

多宝塔
多宝塔
奥之院
奥之院

旅僧の悲願が伝えられる多宝塔は1816年に建造されたもの。多宝塔は真言宗寺院の根本的な中心となる建造物で、一般には大日如来を祀っているが、高山寺では聖徳太子を祀り、その名も上宮閣という。()