大圓寺のご朱印
江戸三十三観音霊場 ご朱印

江戸三十三観音霊場

東京の神社・仏閣
大圓寺(だいえんじ)
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住所/〒113-0023 東京都文京区向丘1-11-3
TEL/03−3813−1321
アクセス
★電車/都営三田線「白山」駅より徒歩約5分
     東京メトロ南北線「本駒込」駅より徒歩約7分
駐車場/なし
入山料/無料

寺号碑
寺号碑
山門
山門
寺号碑
寺号碑

曹洞宗。山号は金龍山。江戸三十三観音霊場第23番札所。
通称ほうろく地蔵。本尊は釈迦如来。
1597年に江戸町奉行、勘定奉行などを勤めた旗本の石河(いしこ)土佐守勝政の開基、分福茶釜で名高い上州館林の茂林寺(もりんじ)12世久山正雄大僧正が神田柳原に開山した。
1649年、現在地に移転。
昭和初期に29世法秀太元和尚が観音様のお陰で難病を克服できたということから七観音の建立を発願し、高村光雲によって七観音の尊像が造立されたが戦災で焼失、後に門下生よって復元された。()

本堂
本堂

当寺は江戸の大火の一つ、天和(てんな)の大火(1683年)の火元である。この火事で3500人が亡くなった。この時の八百屋お七について有名な俗説がある。「八百屋の娘のお七は天和(てんな)の大火で家族と焼け出され、避難先の寺(近くの圓乗寺や吉祥寺などの説あり)で寺の小姓と恋仲となる。やがて再建された自宅に戻ったお七は、再び火事になれば想い人に会えるかもと自宅に放火し、火刑に処された。」という話で、その後、歌舞伎や浄瑠璃、浮世絵などの題材となった。()

ほうろく地蔵
ほうろく地蔵
史跡高島秋帆墓碑・墓所門
史跡高島秋帆墓碑・墓所門

境内には、八百屋お七を供養するため1719年に建てられた焙烙(ほうろく)地蔵がある。この地蔵は、お七のために熱した焙烙(ほうろく)(浅い素焼きの土鍋)をかぶって焦熱の苦しみを受けているとのことで、首から上の病気平癒に霊験ありといい、祠の前には願いを記した焙烙(ほうろく)が多く納められている。
また、幕末の先覚者であり砲術家の高島秋帆(しゅうはん)、小説家であり樋口一葉を終生助けた斉藤緑雨(りょくう)の墓がある。()