曹洞宗。山号は興福山。びわ湖百八霊場第36番札所。 開基は応永年間(1394〜1428年)通峰真宗和尚によると伝える。もと医王寺と号して今の東浅井郡湖北町上山田にあった。 1518年、小谷城主であった浅井亮政が城下の清水谷に移して浅井家の菩提寺とした。姉川の合戦により小谷城落城の後、かわって湖北を手中におさめた豊臣秀吉がその居城を小谷から長浜に移した際にあわせて、1595年当寺も長浜城内に移築され、亮政の法号に因んで徳勝寺と改称された。
1606年、内藤信成が長浜城主として封じられた際に一旦田町(現朝日町内)に移築されたが、1672年彦根藩主井伊直孝により現在の地に移され今日に至っている。 浅井氏三代の墓と寺宝として浅井氏三代の木像、長政画像、浅井家ゆかりの古文書など多数の遺品と資料が残されている。
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