鎌八幡(円珠庵)のご朱印
摂津八十八カ所 ご朱印

摂津八十八カ所

大阪の神社・仏閣
鎌八幡(円珠庵)

住所/〒543-0018 大阪市天王寺区空清町4-2
TEL/06−6761−3691
アクセス
★電車/JR環状線「玉造」駅、近鉄大阪線「大阪上本町」駅、
      または地下鉄谷町線「谷町六丁目」駅から徒歩約15分
駐車場/なし
拝観料/無料
拝観時間/8:00〜17:00

史跡碑
史跡碑
外観
外観
鎌八幡碑
鎌八幡碑

真言宗豊山派。山号は雪光山。本尊は十一面観世音菩薩。
国定史跡契沖旧庵跡並墓所。摂津国八十八ヶ所霊場第15番札所。
遠い昔、このあたりに百済(くだら)高句麗(こうくり)新羅(しらぎ)から来た使節を迎える鴻臚館(こうろかん)があり、三韓坂(さんかんざか)と呼ばれる坂があった。その坂に一本の(えのき)の霊木があり、地域の信仰を集めていた。
そして1614年の大坂冬の陣のとき、真田信繁(幸村)がここに陣所を構えたが、この信仰を聞き、鎌を打ちつけ鎌八幡大菩薩と称して祈念した。すると大いに戦勝をあげたと伝えられている。以来、悪縁を断ち、病根を断ち、縁切、勝負事祈願の神様として広く信仰を集めてきた。鎌が葛を断ち切るように、悪しき縁や諸病の根源を断ち切る霊験あらたかで、いまも数多くの鎌が打ちこまれている。
江戸時代1690年には、国文学者で有名な高僧契沖(けいちゅう)阿闍梨が住み、円珠庵と称した。契沖はここで万葉代匠記や和字正鑑要略を著し、国文学の研究に専念すると同時に深く鎌八幡を信仰した。この頃から鎌八幡は祈祷寺として、人々の信仰が広まった。
1922年(大正11年)に、境内全域が大阪市で最初の国の史跡指定を受けたが、境内の大部分は戦災で損壊し、その後に復興したものである。そして今では霊木は蘇生し、絶えなる信仰と多くの霊験が得られている。()