綱敷天神社のご朱印
御旅社 ご朱印
御旅社

大阪の神社・仏閣
綱敷天神社
綱敷天神社(つなしきてんじんじゃ) 御本社
【綱敷天神社のサイトへ】

住所/〒530-0026 大阪市北区神山町9-11
TEL/06−6361−2887
アクセス
★電車/大阪市営地下鉄谷町線「中崎町」駅下車 徒歩約10分
     大阪市営地下鉄御堂筋線・阪急電鉄・阪神電鉄「梅田」駅
     大阪市営地下鉄谷町線「東梅田」駅
     JR「大阪」駅
        より徒歩約15分
駐車場/1〜2台(境内)
拝観料/無料
拝観時間/6時頃〜日暮頃

鳥居と神門
鳥居と神門
喜多埜稲荷神社鳥居
喜多埜稲荷神社鳥居

御祭神は嵯峨天皇と菅原道真公。通称、喜多埜(きたの)天神、北野天神または本社と呼ばれる。
822年に第52代嵯峨天皇が当地「喜多埜(きたの)」に行幸、嵯峨天皇崩御後、皇子源融(みなもとのとおる)が追悼のため843年に社殿を創建し「神野太神宮」と号したのが始まり。()

拝殿
拝殿
本殿
本殿

後に、学門の神様として慕われる「天神さま」こと菅原道真が、無実の罪で京都より太宰府までの左遷の際に、この地で紅梅に目を留め、船の艫綱(陸と船をつなぐ綱)を円座状に敷いて見たことが由縁で「綱敷天神社」と称されるようになった。また、その紅梅は後世に「梅塚」と呼ばれ、「梅田」の名の由来となったともいわれる。()

牛舎と白龍社
牛舎と白龍社
喜多埜稲荷神社
喜多埜稲荷神社

綱敷天神社(つなしきてんじんじゃ) 御旅社(おたびしゃ)
【綱敷天神社のサイトへ】

住所/〒530-0013 大阪市北区茶屋町12-5
TEL/06−6371−1586
アクセス
★電車/阪急電鉄「梅田」駅より徒歩約3分
     大阪市営地下鉄谷町線「東梅田」駅より徒歩約15分
     大阪市営地下鉄御堂筋線「中津」駅より徒歩約10分
     JR「大阪」駅より徒歩約13分
駐車場/なし
拝観料/無料
拝観時間/6:00〜18:00

拝殿
拝殿
全景
全景

御祭神は菅原道真公。
元は梅塚天満宮と号し、御本社の南に鎮座する小祠であった。
901年に無実の罪で京都より太宰府までの左遷の際に、この地で紅梅を観賞し、当地の民より供された「ゆりわ」という器に盛られた団子を賞味、一時の休息を得た。その折に、京都よりの従臣である度会春彦(わたらいはるひこ)一族にこれ以上の苦難をかけまいと思った道真公は、白江の姓を与え当地に留まるよう言い渡し、太宰府に旅立った。残された白江の一族は道真公が戻るまで待ち続けることにし、道真公の愛でられた紅梅の樹下に小祠を構え、これを「梅塚天満宮」と号して座っていた綱を御神体同様に奉祀した。しかし道真公は903年2月25日に無念のうちに太宰府にて薨拠、その直後から各地で天変地異が相次ぎ、内裏にも落雷があった。これは無念の死を遂げた道真公の祟りと恐れた朝廷は道真公の無実を認め、更に1014年に正一位を追贈し、各地に道真公を祀る天神社を創建した。()

拝殿神額
拝殿神額
玉姫稲荷神社
玉姫稲荷神社

この時に当地にも社殿を建立する事となり、神野太神宮と梅塚天満宮とを合祀し、道真公が綱を敷いて座った故事により「綱敷天神社」と社号を改め、神野太神宮の跡を御本社とし、梅塚天満宮の跡を御旅社とした。
1872年(明治5年)には敷地の寄進により、梅塚にあった御旅社が茶屋町に移り、同年頃、歯神社を管掌する事となり、現在の綱敷天神社となった。()

歯神社
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住所/〒530-0017 大阪市北区角田町2-8
アクセス
★電車/阪急電鉄「梅田」駅より徒歩約3分
     大阪市営地下鉄谷町線「東梅田」駅より徒歩約13分
     JR「大阪」駅より徒歩約10分
駐車場/なし
拝観料/無料(無人の小祠、問い合わせは御旅所まで)

社殿
社殿
鳥居神額
鳥居神額

御祭神は歯神大神(宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ))。通称、歯神(はがみ)さん。
元は地元の農民が祀る小さな稲荷社。江戸時代に大規模な淀川の氾濫があったとき、この稲荷社の御神体である巨岩が川の流れを塞き止めた事から「歯止めの神様」として慕われ、語音が「歯痛止め」に通じて歯の守り神さまとしても慕われるようになり、いつしか歯神社と呼ばれるようになった。
社殿の前にある小さな石は「なで石」と呼ばれ、御神体の巨岩のかけらといわれ、石をなでてから、歯の痛いところをさすると痛みが和らぐといった信仰があり、日本で唯一の歯の神社といわれている。()