大分縣護國神社の御朱印
御朱印

大分の神社・仏閣
大分縣護國神社
【大分縣護國神社のサイトへ】

住所/〒870-0925 大分市大字牧松栄山1371
TEL/097−558−3096
アクセス
★電車/JR日豊本線「高城」駅より徒歩で約20分
★車/東九州自動車道「大分米良」ICより約20分
駐車場/約150台(無料)
拝観料/無料
開門時間/6:00〜18:00

第三鳥居
第三鳥居
第三鳥居神額
第三鳥居神額

御祭神は大分県縁故の殉国の英霊四万四千余柱。
1875年(明治8年)10月18日、大分県初代県令森下景端が、国家のため尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その遺功を後世に伝えるために、この松栄山の地に「招魂社」を創建したのが始まり。()

神門
神門
拝殿
拝殿

最初は1874年(明治7年)の佐賀の乱と台湾出兵で戦死した人々に併せて、明治維新の動乱の際に戦死した勤王の志士が祀られた。以来、西南の役、日清戦争、日露戦争等から大東亜戦争にいたるまでの戦没者四万四千余柱が祀られている。終戦後は殉職した自衛官の御霊も合祀されている。()

神楽殿
神楽殿
言霊記念館
言霊記念館

言霊記念館
言霊記念館
弾痕の鉄扉
弾痕の鉄扉

1939年(昭和14年)4月「招魂社」から「大分縣護國神社」と改称した。その後、1945年(昭和20年)の終戦の年まで代々の県知事が神社の奉賛会長をつとめた。創建当時は展望台の位置に社殿があったが、1943年(昭和18年)10月28日に現在の社殿が完成したことにより遷座祭が行われた。
戦後の1947年(昭和22年)、「大分縣護國神社」は「豊霊宮」と改称したが、日本国が独立を回復した1952年(昭和27年)9月に再び「大分縣護國神社」と元の社号にもどった。()

戦艦・戦闘機模型
戦艦・戦闘機模型
戦闘機模型
戦闘機模型

 
特攻勇士顕彰碑
特攻勇士顕彰碑
母の像
母の像
第一鳥居
第一鳥居
第二鳥居
第二鳥居

大門松
大門松
鎮魂の碑・慰霊塔・軍旗の碑
鎮魂の碑・慰霊塔・軍旗の碑
満蒙開拓義勇軍慰霊碑
満蒙開拓義勇軍慰霊碑
大破魔矢(2019年賀)
大破魔矢
(2019年賀)
大絵馬(2019年賀)
大絵馬
(2019年賀)
大熊手・叶い矢(2019年賀)
大熊手・叶い矢
(2019年賀)



HOME TOP BACK LINK