福寿院のご朱印
九州八十八ヶ所百八霊場 ご朱印

九州八十八ヶ所百八霊場

大分の神社・仏閣
福寿院
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住所/〒870-0046 大分市荷場町10-31
TEL/097−534−0773
アクセス
★電車/JR日豊本線「大分」駅より徒歩約20分
       または大分交通バスにて「荷揚町」下車 徒歩約5分
★車/大分自動車道「大分」ICより約10分
駐車場/なし
拝観料/無料

石柱門・本堂・納骨堂
石柱門・本堂・納骨堂

高野山真言宗。山号は摩尼山(まにさん)
本尊は不動明王立像。九州八十八ヶ所百八霊場第26番札所。
明暦年間(1655〜58年)宥雄上人の開山と伝え、府内松平家の祈願寺として繁栄した。藩主松平忠昭は当時、中津留に屋敷を構えており、福寿院も屋敷の裏鬼門にあたる南西に創建された。
1658年忠昭が府内城主に転封されると、当寺は城内三の丸に移転した。現在地に移ったのは1870年(明治3年)のことである。()

霊場札
霊場札
本堂
本堂
寺号札
寺号札

本尊の不動尊は鎌倉時代末期の作とされ、丹波国篠山から伝えられたという。その他に弘法大師像や阿弥陀如来像、護摩壇には藩主の念持仏だった不動尊を安置する。()

本堂扁額
本堂扁額
大師堂
大師堂
修行大師像
修行大師像

石田三成の妹婿にあたる福原直高が1597年に府内城(白雉城(はくちじょう))の前身を築いた。
当時、この辺りは大分川の河口にあったため、天守閣の定礎を固めるたびに水が出て工事が中断した。そこで厄除のため人柱を立てることとなり、上野六坊に住んでいた18歳のお宮が選ばれた。お宮は母親と二人暮らしで貧しく、母親には50石の扶持が毎年与えられると聞かされ、人柱になる決心をした。3日間の施餓鬼の末、城の守護神の弁財天を抱き、3月18日に入水、人柱になったといわれる。それ以降は天守閣造営の工事が順調に進み、完成することができた。
お宮の霊は弁財天とともに、府内城の鎮守として祀られ、3月18日から20日までと9月19日の城まつりの折に廻向されていた。1863年頃幕末の混乱期から一時中断していたが、戦後になって復活した。現在は3月18日から20日までの3日間、城址公園天守閣下のお宮の墓前とお宮の位牌を祀る福寿院で追善廻向が修されている。()



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