全長寺のご朱印
九州四十九院薬師霊場 ご朱印

九州四十九院薬師霊場

宮崎の神社・仏閣
全長寺(ぜんちょうじ)
【全長寺の紹介サイトへ】

住所/〒889-0901 宮崎県東臼杵郡美郷町北郷区宇納間1
TEL/0982−62−5018
アクセス
★電車/JR日豊本線「門川」駅より
      バスにて「宇納間」バス停下車 徒歩約5分(本数少ない)
★車/延岡道路「延岡」ICより約35分
駐車場/約20台(無料)
拝観料/無料

仁王像
仁王像
山門
山門
仁王像
仁王像

曹洞宗。山号は鉄城山(てつじょうざん)。本尊は釈迦牟尼佛。火切り地蔵と呼ばれる。
九州四十九院薬師霊場第21番札所。
寺伝によると、宇納間村にあった金城山全長寺に、1688年村内の二ヶ寺を合わせて延岡藩家老花田備後守が再興、延岡雲台寺の三世了異和尚を請うて中興開山した。その際に山号が鉄城山と改められ曹洞宗に属した。
1871年(明治4年)池ノ原光輪寺を合寺し、境外堂に八重の延命地蔵尊・長野の薬師如来堂がある。本堂は1944年(昭和19年)、山門は1949年(昭和24年)に竣工して現在に至る。()

本堂
本堂
本堂扁額
本堂扁額

宇納間地蔵尊(正しくは延命地蔵菩薩)は奈良時代に行基菩薩が一刀刻むごとに三礼して彫った霊仏(一刀三礼)として伝えられる。平安時代末期に天台の僧正岸が諸国行脚のみぎり、宇納間村市木に一宇を創建、地蔵尊を安置して梅花山宝蔵寺と号していたが、1578年豊後の大友宗麟が日向国に侵攻して堂宇を焼失、本尊は裏山に飛在して安泰であったという。1688年堂宇が再建された。
その後1802年江戸の大火により、延岡藩邸も類焼の危機にみまわれた時、前藩主内藤政脩(まさのぶ)公(入道して暁山と号す)が神仏に誓願したところ、忽然と屋根に異僧が現れ雨を降らせて火を鎮めた。その夜、政脩(まさのぶ)公の夢枕に異僧が現れて「われは宇納間の市木地蔵なり、切なる祈願により防火したり」と告げた。やがてその奇瑞が幕府にも伝わり「三葉葵」の使用が許可されたという。
1813年藩命により地蔵堂を再建したが、1895年(明治28年)類焼、地蔵尊は全長寺に移り、1901年(明治34年)当時の哲英和尚が裏山に地蔵堂を建立した。その石段が365段あり、磴に遥拝所が設けてある。()



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