京都の神社・仏閣
瑞光院
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住所/〒607-8005 京都市山科区安朱堂ノ後町19-2
TEL/075−581−3803
アクセス
★電車/JR琵琶湖線「山科」駅、地下鉄東西線「山科」駅下車 徒歩約15分
★車/名神「京都東」ICから約10分
駐車場/なし
拝観料/無料(本堂開放なし)
拝観時間/10:00〜16:00

山門
山門
遺髪塔と浅野内匠頭長矩公の墓
遺髪塔と浅野内匠頭長矩公の墓

臨済宗大徳寺派。山号は紫雲山。
1613年、因幡(いなば)国(鳥取県)若桜城主山崎家盛が大徳寺琢甫宗林(たくほそうりん)和尚を開基に創建したが、家盛の没後、その法号にちなんで瑞光院と称したのが始まり。もと堀川鞍馬口にあったが1962年11月に現在地に移った。
元禄初期には当院第3世陽甫(ようほ)和尚が播州(兵庫県)赤穂城主浅野内匠頭長矩(たくみのかみながのり)夫人瑤泉院(ようぜんいん)と族縁に当るところから、浅野家の香華祈願所となった。元禄14年(1701年)長矩が江戸城中で吉良上野介(きらこうずけのすけ)に忍傷に及んで切腹したとき、当院内に供養塔が建てられ、また翌年上野介を討った大石良雄らが切腹したさい、その遺髪が寺内に葬られた。境内には長矩、良雄ら46義士の墓のほか、良雄が生前愛したという梅の古木がある。12月14日の義士討入りの日には義士ゆかりの寺として参詣する人が多い。()

四十六士墓碑
四十六士墓碑
浅野稲荷
浅野稲荷

(右上)浅野稲荷 朝野宿祢魚養(あさのすくねなかひ)が第56代清和天皇の胞衣(えな)(出産時に出る胎児を包む膜、後産ともいう)を埋め社を建て朝野稲荷と称した。その後、豊臣秀吉に仕えた浅野長政がこの社の地に下屋敷(別荘)を建て、朝野稲荷を浅野稲荷と読み替えて鎮守した。
そしてこの長政の下屋敷の跡地に瑞光院を建立し浅野稲荷も境内に祀り現在に至る。()