大石神社のご朱印
ご朱印

京都の神社・仏閣
大石神社  大石神社
【大石神社のサイトへ】

住所/〒607-8308 京都市山科区西野山桜ノ馬場町116
TEL/075−581−5645
アクセス
★電車/JR琵琶湖線・湖西線、地下鉄東西線、京阪「山科」駅
     または京阪「三条」駅・「六地蔵」駅、阪急「河原町」駅より
      京阪バス「大石神社前」下車すぐ
★車/名神「京都東」ICから約20分
    または阪神京都線「山科」ランプからすぐ
駐車場/20台(無料)
拝観料/無料  境内自由
 宝物殿(無料) 9:00〜17:00

鳥居
鳥居
拝殿前鳥居
拝殿前鳥居

御祭神は大石内蔵助良雄公。1935年(昭和10年)創建。
この付近が大石内蔵助良雄公の山科隠棲の地である。
毎年、討入りの12月14日には義士行列等の義士祭が行われる。()

拝殿
拝殿
拝殿
拝殿

1701年(元禄14年)3月、赤穂藩主浅野内匠頭長矩が江戸城内松の廊下において、吉良上野介義央に対し刃傷におよび、内匠頭は即日切腹、御家断絶、領地没収となり、赤穂藩の城代家老大石内蔵助良雄は城明け渡しの後、同年6月28日、以前からこの付近の田地、屋敷を持っていた親類の進藤源四郎の世話でこの地に移った。
閑静で人目につきにくく、かつ交通に便利で、事件の善後策を講じるのに何かと便利であり、この地でしばしば同士の会合を開いた。また、敵の目を欺くため、伏見撞木町、祇園一力亭などで遊興にふけった。はじめは、はやる同志をおさえて、亡主内匠頭の弟大学長広をたてて主家の再興を謀った。
しかし、翌、元禄15年夏、結局再興は許されず、吉良邸討入りに方針を固め、同志は密かに江戸へあつまった。()

社号碑
社号碑
拝殿神額
拝殿神額
拝殿奉納額
拝殿奉納額

元禄15年12月14日、大石内蔵助良雄以下四十七士は吉良邸へ、表門には、大石内蔵助を頭として片岡源五右衛門ら24名、裏門からは、大石主税を頭とし堀部安兵衛ら23名、両門より襲撃し、6時頃本懐を遂げ、その後四十七士は、泉岳寺の長矩の墓前に、その首を捧げ復讐の報告をする。翌、16年2月4日、細川・松平・毛利・水野四侯家にて切腹す。()

社務所
社務所
宝物殿
宝物殿
宝物殿内
宝物殿内
宝物殿内
宝物殿内

大石願掛け像
大石願掛け像
摂社義人社
摂社義人社

(右上)摂社義人社 御祭神は天野屋利兵衛命。
赤穂義士討入りに際し、必要な武器を調達した。大阪の本町橋に店をかまえ北組惣年寄の大阪の豪商であり、「商売の神様」と言われ、現在も商売繁盛の信仰があつい。「天野屋利兵衛は、男でござる。」 の名ゼリフは有名である。

神馬 ファラベラ・ミニホース「花子」
神馬 ファラベラ・ミニホース「花子」

寺社巡り覚書
神馬 ファラベラ・ミニホース「花子」 平成11年4月30日生まれ
本殿右側、大石桜の下にいる。