車折神社のご朱印
ご朱印

京都の神社・仏閣
車折神社
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住所/〒616-8343 京都市右京区嵯峨朝日町23
TEL/075−861−0039
アクセス
★電車/JR京都線、近鉄京都線「京都」駅から京都バスにて、
     あるいは京阪「三条」駅、阪急「大宮」駅から
       京都バス、市バスにて「車折神社前」下車すぐ
     または阪急「大宮」駅から
       嵐電(京福電車)にて「車折神社前」下車すぐ
★車/名神「京都南」ICより20〜30分
駐車場/無料(30台)
拝観料/無料
受付時間/8:30〜17:30

大鳥居
大鳥居
社号柱(旧第二鳥居跡)
社号柱(旧第二鳥居跡)

ご祭神は清原頼業(きよはらよりなり)神仏霊場京都11番。
清原頼業は平安時代後期の儒学者で、天武天皇の皇子・舎人親王の子孫にあたり、一族には三十六歌仙の一人である清原元輔、その娘、清少納言らがいる。後白河法王の近臣で、律令制下で重んじられた論語などの明経道(みょうぎょうどう)にすぐれ、高倉天皇の侍読(じとう)をつとめた。晩年には九条兼実(かねざね)から政治の諮問にあずかり、兼実から「その才、神というべく尊ぶべし」と称された。
平安時代末期1189年に薨去(こうきょ)、現在の社地に葬られた。法名「宝寿院(ほうじゅいん)殿」に因み、「宝寿院」という寺が営まれた。()

第三鳥居
第三鳥居
中門
中門
本殿前
本殿前
本殿神額
本殿神額

社名は後嵯峨天皇が嵐山の大堰川(おおいがわ)行幸の途中、社前で突然、牛車(ぎっしゃ)(ながえ)が折れ動かなくなったことから、ご神威を畏れ、門前右側の石を「車折(くるまざき)石」と呼んで、「車折(くるまざき)大明神」の神号と正一位を贈ったことに由来する。
以来、当社では「石」に対する信仰が厚く、石をモチーフにした円錐形の立砂がある『清めの社(きよめのやしろ)』、神主がおはらいをした石が入ったお守り『祈念神石(きねんしんせき)』は、古来より信仰を集め、現在では、清めの社は『悪運を浄化するパワースポット』、祈念神石は『願い事を叶えるパワーストーン』としてTV・雑誌などでも紹介され、全国各地から参拝者が訪れる。()

裏参道入口
裏参道入口
清めの社
清めの社

八百萬神社
八百萬神社
富岡鉄斎筆塚
富岡鉄斎筆塚

(右上)富岡鉄斎(とみおかてっさい) 近代日本画の巨匠。明治21〜26年の間、宮司をつとめる。そのため鉄斎の作品が多数伝わり、財団法人車折文庫が管理し、春秋に予約制で公開している。また境内には、鉄斎の筆によるものとして、裏参道入口の社号標や本殿の扁額、表参道脇の車折神社碑があり、さらに鉄斎が生前に用いた筆を二千本以上納めた筆塚もある。()

芸能神社
芸能神社
芸能道具冢社
芸能道具冢社

(上)芸能神社 車折神社の境内末社で、1957年に他の末社より御祭神・天宇受売命(あめのうずめのみこと)を分祀し創建された。天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に入ったため、この世が暗闇になったとき、岩戸の前で演舞したところ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が出てきて再びこの世は光を取り戻したという神話にもとづき、芸能上達の神として信仰がある。日本映画発祥の太秦(うずまさ)に近く、さまざまな芸術、芸能にかかわる人々が奉納した2000枚を超える朱塗りの玉垣がずらりと並んでいる。()

石玉垣
石玉垣
石玉垣
石玉垣

駅名標
駅名標
嵐電・車折神社駅
嵐電・車折神社駅

嵐電・車折神社駅(無人駅)ホームを降りると、その真前に裏参道の入り口鳥居がある。()