大覚寺のご朱印
ご朱印

京都の神社・仏閣
大覚寺
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住所/〒616-8411 京都市右京区嵯峨大沢町4
TEL/075−871−0071
アクセス
★電車/JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」駅より徒歩で約15分
    京福電鉄「嵐電嵯峨」駅より徒歩で約20分
    JR「京都」駅、阪急「四条大宮」駅・「嵐山」駅、
     地下鉄「四条烏丸」駅、京福電鉄「嵐山」駅
     京阪「祇園四条」駅・「三条京阪」駅から
       市バス、京都バス「大覚寺道」バス停より徒歩約5分
★車/名神「京都南」IC、「京都東」ICから約30〜40分
駐車場/500円(2時間)
拝観料/500円   名宝展(春・秋)/300円
拝観時間/9:00〜17:00

石柱門
石柱門
入口
入口

正式名称は旧嵯峨御所大覚寺門跡と言い、真言宗大覚寺派の本山。また心経写経の根本道場、いけばな嵯峨御流の総司所でもある。
近畿三十六不動尊霊場第13番札所、神仏霊場京都第9番、真言宗十八本山霊場のひとつ。
門跡寺院とは、天皇又は皇族が住職に就いた寺院のこと。

大門
大門
式台玄関
式台玄関

平安時代、嵯峨天皇が后との新居として嵯峨院を建立、これが現在の大覚寺の前身・嵯峨離宮である。その後、嵯峨天皇の長女・正子内親王が清和天皇に上奏し、嵯峨院を大覚寺に改め、嵯峨天皇の孫に当たる恒寂入道親王が初代の住職に就いた。後嵯峨上皇、後宇多法皇が続いて大覚寺門跡となり、当時、皇位が2分され南北朝と呼ばれた時代に、後宇多法皇の皇統は上皇が大覚寺に住したことから大覚寺統(南朝)と呼ばれた。
その後、南北朝の媾和が大覚寺で行われ、南朝の後亀山天皇が北朝の後小松天皇に三種の神器を譲って大覚寺に入ったが、そののち後亀山天皇は吉野へ移り、南朝の再興運動が起こった。
歴代天皇一覧

大門
大門
御影堂・御霊殿・五大堂・御所車
御影堂・御霊殿・五大堂・御所車

(左下)宸殿(しんでん) 江戸時代、後水尾天皇より下賜された寝殿造りの建物で重要文化財に指定されている。
ここは天皇に入内された徳川2代将軍秀忠の娘東福門院和子が、女御御所の宸殿として使っていた。廊下・広縁はすべてうぐいす張りとなっている。
部屋の襖には狩野山楽による「牡丹図」「紅白梅図」(いずれも重要文化財)などが飾られている。

宸殿 牡丹の間
宸殿 牡丹の間
唐門
唐門
御霊殿
御霊殿
唐門
唐門

(左下)御影堂 大正時代に建造された心経殿の前殿で、嵯峨天皇、後宇多法皇、恒寂入道親王、弘法大師の尊像が祀られている。

御影堂
御影堂
村雨の廊下
村雨の廊下

(左下)五大堂 五大明王を祀った心経の本山、大覚寺の本堂。
(右下)勅封心経殿 嵯峨天皇をはじめ、六天皇の写経が奉祀されている。大正14年に再建されたもの。

五大堂
五大堂
勅封心経殿
勅封心経殿

霊明殿
霊明殿
野兎図 渡辺始興筆
野兎図 渡辺始興筆

(下)正宸殿(しょうしんでん) 12室もある桃山時代の書院造りで、各部屋には狩野山楽(かのうさんらく)渡辺始興(わたなべしこう)など日本を代表する画家の絵がある。上段の間は後宇多法皇が院生を執ったところで「御冠の間」と呼ばれている。

正寝殿
正寝殿
狩野派障壁画
狩野派障壁画
聖天堂
聖天堂
大日堂
大日堂

大沢池
大沢池
心経宝塔
心経宝塔

大沢池は境内の東にあり、嵯峨天皇の離宮・嵯峨院の庭池で、周囲1キロの日本最古の庭苑池である。中国の「洞庭湖」を模して造られ、天神島、菊が島と庭湖石があり、この二島一石の配置は華道嵯峨御流の基本形に通じている。

大沢池
大沢池
大沢池
大沢池
大沢池
大沢池
蓮