檀王法林寺のご朱印
ご朱印

京都の神社・仏閣
檀王法林寺(だんのうほうりんじ)
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住所/〒606-8387 京都市左京区川端通三条上ル法林寺門前町36
TEL/075−771−0870
アクセス
★電車/京阪「三条」駅、地下鉄東西線「三条京阪」駅より徒歩約5分
★車/名神「京都東」ICまたは「京都南」ICより約30分
駐車場/約5台(無料)
拝観料/無料  境内自由

三条門
三条門
楼門
楼門

浄土宗。
正しくは朝陽山(ちょうようざん)栴檀王院(せんだんのういん)無上法林寺(むじょうほうりんじ)という。
本尊は阿弥陀如来立像。()

本堂
本堂
本堂扁額
本堂扁額

もとは天台宗の蓮華蔵寺で、1272年に望西楼了恵(ぼうせいろうりょうえ)上人が亀山天皇の帰依を受けて朝陽山の山号を賜り、浄土宗に改め悟真寺(ごしんじ)としたことに始まる。その後、永禄年間(1558〜70年)に焼失 、廃絶したが、1611年にこの悟真寺の跡地に袋中(たいちゅう)良定(りょうじょう)上人が草庵を建立し、朝陽山(ちょうようざん)栴檀王院(せんだんのういん)無上法林寺(むじょうほうりんじ)と名付けた。その後、住持すること9年の1619年に上人は、法林寺什物帖を弟子の團王(だんのう)上人に書き残し、寺を譲った。()

観音堂
観音堂
龍神堂
龍神堂

この團王(だんのう)上人は寺院発展に尽力し、恵心僧都作と伝えられる阿弥陀如来立像を本尊(現在の本尊)として阿弥陀堂(本堂)を建立、寺域も現在の広さにまで拡大させた。また上人は人徳も厚く、信者との交流を深めたので、当寺は庶民から「だんのうさん」と呼ばれるようになった。()

楼門
楼門
川端門
川端門

袋中(たいちゅう)上人は1603年、51歳の時に学問探求のため明(当時の中国)へ渡ろうとしたがかなわず、3年間琉球国に留まることになった。この滞在のあいだ、上人は浄土念仏の教化布教に努め、当時の琉球国王尚寧王は深く帰依し、桂林寺(現那覇市松下町)を建立した。
上人の帰国後は継承者がいなかったり、戦火で焼失したりして浄土宗の寺院が沖縄にはなくなったが、当寺26世良文(りょうぶん)上人が設立委員長となって浄土宗沖縄別院袋中寺として1972年(昭和47年)に復興された。
当寺では沖縄との歴史を鑑み、シーサーが庫裏玄関の小屋根の上に奉ってある。()

楼門とイチョウ
楼門とイチョウ
シーサー
シーサー