松尾大社のご朱印
ご朱印 ご朱印

京都の神社・仏閣
松尾大社(まつのおたいしゃ)
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住所/〒616-0024 京都市西京区嵐山宮町3
TEL/075−871−5016
アクセス
★電車/JR「京都」駅から市バス、京都バス「松尾大社前」下車 徒歩約3分
      あるいは、阪急電車「松尾」駅下車 徒歩約3分
★車/名神「京都南」ICより20〜30分
駐車場/無料(約100台)
拝観料/500円(庭園)
拝観時間/平日 8:30〜16:00
        休日 8:30〜16:30

一の鳥居
一の鳥居
本殿
本殿

大山咋神(おおやまぐいのかみ)市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)が御祭神。神仏霊場京都7番。
大山咋神(おおやまぐいのかみ)は滋賀県の日吉神社と同じ神であり、賀茂別雷神の父神である。
京都最古の神社で、太古この地方に住んでいた住民が松尾山の神霊を祀って守護神としたのが起源とされている。()

相生の松
相生の松
相生の松・本殿・拝殿
相生の松・本殿・拝殿

5世紀頃朝鮮半島より渡来してきた秦氏が、この地に移住して松尾の神を一族の総氏神と仰ぎ、山城・丹波の両国を開拓し、河川を治めて農林作業を興した。御祭神の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)中津島姫命(なかつしまひめのみこと))はもともと福岡県の宗像神社の祭神で海上交通の守り神であったが、外来民族である秦氏が朝鮮半島との交易の関係から、航海の安全を祈って勧請されたと伝えられている。
701年文武天皇の勅命により、秦忌寸都理(はたのいみきとり)が現在地に社殿を創建してより、平安時代以降は賀茂両社とともに皇城鎮護の社として、「賀茂の厳神、松尾の猛霊」と東西並び称された。()

拝殿(2011年大絵馬)
拝殿(2011年大絵馬)
拝殿
拝殿

灯籠
灯籠
神輿庫と飾られる酒樽
神輿庫と飾られる酒樽

秦氏は保津峡を開削し、桂川に堤防を築き、今の渡月橋のやや少し上流に大きな堰を造り、その下流にも所々に水を堰き止め、そこから水路を走らせ、桂川両岸の荒野を農耕地へと開発していったと伝えられる。農業が進むと次第に他の諸産業も興り、絹織物なども盛んに作られるようになったようである。
酒造についても秦一族の特技とされ、室町時代末期以降、当社が「日本第一酒造神」と仰がれる由来はここにある。()

手水舎
手水舎
客殿
客殿

社殿のほとんどは1285年の火事で焼失し、現在の社殿は1397年に建立され、1542年の大修理を施されたものである。屋根は両流造りで千木・鰹木を置かず、箱棟の両端が唐破風形となっており、その特殊な造りから「松尾造り」と称され重要文化財に指定されている。()

授与所
授与所
授与所
授与所

天狗岩と霊亀の滝
天狗岩と霊亀の滝
撫で亀さん
撫で亀さん

「亀の井」の霊水は松尾大社の背後にそびえる松尾山の谷を伝って大杉谷の崖下から湧き出る。亀は松尾の神使であることから「亀の井」と呼ばれた。()

四大神三宮社と亀の井
四大神三宮社と亀の井
亀の井
亀の井

脇勧請
脇勧請
二の鳥居
二の鳥居

(左上)脇勧請(わきかんじょう) 赤鳥居の上部に柱と柱を結ぶ注連縄があり、それに(さかき)の小枝を束ねたものが数多く垂れ下がっているが、これを脇勧請(わきかんじょう)と称し、榊の束数は平年は12本、閏年は13本吊り下げる慣わしになっている。この形は鳥居の原始形式を示すもので、太古の昔に参道の両側に二本の木を植えて神を迎え、柱と柱の間に縄を張り、その年の月数だけの細縄を垂れて、月々の農作物の出来具合を占ったとされている。()

神饌田
神饌田
一の鳥居
一の鳥居

(左上)神饌田(しんせんでん) 2006年(平成18年)に再興された。以来、五穀豊穣を祈願し、毎年、米作りが行われ、6月に御田植式(おたうえしき)、7月が御田祭(おんださい)、10月が抜穂祭(ぬきほさい)の神事がある。()

芽の輪
芽の輪
楼門
楼門

(左上)芽の輪(ちのわ)神事 人々は生活して行く上に知らず知らず罪やけがれを犯しているものであり、これを祓い清め、肉体も心も正しき誠の心に帰って、健康で明るく、家内安全、無事息災を祈り、芽の輪くぐりを神事として、毎年6月と12月の晦日に宮中を始め全国の神社で行われてきた。()

お酒の資料館
お酒の資料館
楼門(フリーマーケット亀の市)
楼門(フリーマーケット亀の市)

(左上)お酒の資料館 入場無料。開館は9:00〜16:00。
お酒ができるまでの行程が解説され、古くから伝わる酒造道具・手法等、また現代陶芸家によるさまざまな窯の酒器をはじめ、お酒に関する展示がある。()