清明神社のご朱印
ご朱印

← 「清明社」の字は土御門晴雄(つちみかどはれたけ)が1845年に揮毫し神社に奉納したものを版に起こしたもの。
晴雄は御祭神安倍清明から数えて34代目にあたり当時の陰陽頭(陰陽寮長官)。
また安倍家は室町時代に天皇から姓を賜り、以後、土御門家となった。

京都の神社・仏閣
清明(せいめい)神社
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住所/〒602-8222 京都市上京区堀川通一条上ル806
TEL/075−441−6460
アクセス
★電車/JR「京都」駅、阪急「烏丸」駅から
       市バス「一条戻橋・晴明神社前」下車 徒歩約2分
     京阪「三条」駅から市バス「堀川今出川」下車 徒歩約2分
     京都市営地下鉄烏丸線「今出川」駅下車 徒歩約12分
★車/名神「京都南」ICより約20分
    あるいは「京都東」ICより約30分
駐車場/約14台(100円/20分)
拝観料/無料
拝観時間/9:00〜18:00

(左)安倍晴明公像(中央)拝殿(右)厄除桃、御神木
(左)安倍晴明公像(中央)拝殿(右)厄除桃、御神木

御祭神は安倍晴明御霊神。
陰陽師(おんみょうし)・安倍晴明の屋敷跡で、京都随一のパワースポット。
1005年に安倍晴明公亡き後、一条天皇は晴明公の遺業は非常に尊いものであったこと、そして晴明公は稲荷神社の生まれ変わりであるということで、1007年その御霊を鎮めるために晴明神社を創建した。()

安倍晴明公像
安倍晴明公像
泣不動縁起絵巻 織りつづれ絵馬
泣不動縁起絵巻 織りつづれ絵馬

安倍晴明は孝元天皇の皇子大彦命の子孫で幼い頃から非常に賢明であり、成人になってからは天文陰陽博士として活躍し、朱雀天皇から村上、冷泉、円融、花山、一条の六代の天皇の側近として仕えた。村上天皇に仕えていた時には唐に渡り、城刑山にて伯道仙人の神伝を受け継ぎ、帰国後、これを元に日本独特の陰陽道(おんみょうどう)を確立した。()

晴明井
晴明井
厄除桃
厄除桃
御神木
御神木

(左上)晴明井(せいめいい) 山城名泉の一つで病気平癒のご利益がある水。立春になると神職が水の出る口をその年の恵方に向け回転させる。またここは千利休の屋敷跡でこの霊水をもって茶を点てたという。
(中央上)厄除桃(やくよけもも) 桃は、古来より、中国や日本で魔除けの果物とされている。参拝者は本殿前にあるこの桃をなでつけて厄払いをしている。()

五芒星提灯
五芒星提灯
千利休屋敷跡を記した石碑
千利休屋敷跡を記した石碑
社号碑
社号碑

陰陽道(おんみょうどう)は古代の中国で生まれた自然哲学思想、陰陽五行説を起源として日本で独自の発展を遂げた自然科学と呪術の体系。「いんようどう」とも読み、陰陽道(おんみょうどう)に携わる者を陰陽師という。かっては専門の研究者によっても、陰陽家の思想が日本に伝わったものが陰陽道である、と説明されてきた。しかし近年では、陰陽五行説が、自然界の万物は陰と陽の二気から生ずるとする陰陽思想と、万物は木・火・土・金・水の五行からなるとする五行思想を組み合わせ、自然界の陰陽と五行の変化を観察して瑞祥・災厄を判断し、人間界の吉凶を占う実用的技術として日本で受容され、神道、道教、仏教などからも様々な影響を受け取って日本特異の発展を遂げた結果誕生したものと考えられている。()

一の鳥居
一の鳥居
一の鳥居神額
一の鳥居神額

晴明桔梗印 境内のいたるとこに五芒星があしらわれている。これは神紋でもあり、晴明公が創った独特のもので陰陽道(おんみょうどう)に用いられる祈祷呪符の一つ。天地五行(木・火・土・金・水)を象徴した宇宙万物の除災清浄を表す。厄除・開運を願い、身に付ける風習がある。
堀川通沿いにある一の鳥居にも五芒星が掲げられている。()

二の鳥居
二の鳥居
旧一條戻橋・式神石像
旧一條戻橋・式神石像

(右上)旧一條戻橋 神社の南百メートルのところにある一條戻橋は、源氏物語に「ゆくはかへるの橋」と書かれ、また清明公が式神を封じた場所で、文章博士三善清行が蘇生した話でも有名。現在でも「戻る」を嫌って嫁入りや葬列はこの橋を渡らないのが慣わし。境内にあるのは1995年(平成7年)まで実際に使われていた欄干親柱を使い再現したもの。()