京都の神社・仏閣
本隆寺
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住所/〒602-8447 京都市上京区智恵光院五辻上ル紋屋町330
TEL/075−441−5762
アクセス
★電車/京都市バス「今出川大宮」下車 徒歩約5分
       または「千本今出川」下車 徒歩約10分
     京都市営地下鉄「今出川」駅下車 徒歩約20分
★車/名神高速「京都南」ICより約20分
駐車場/数台(無料)
入山料/無料  境内自由(特別拝観あり)

正門
正門
南門
南門

法華宗真門流総本山。正しくは慧光無量山(えこうむりょうさん)本妙興隆寺(ほんみょうこうりゅうじ)と号し、略して慧光山(えこうさん)本隆寺(ほんりゅうじ)という。
開祖は常不軽院日真で、1488年京都四条大宮に堂宇を建立したが、1536年に起こった天文の法乱によって堂宇を失い、泉州堺に避難した。1542年の春、現在の地を得て再興されたが、1654年の大火により諸堂を焼失、第10世日遵によって1657年に再建された。
その後、1730年(享保15年)、1788年(天明8年)と二度にわたり洛中の大火に見舞われたが、当山に祀られている「火伏せの鬼子母神」の加護にて奇跡的に難を逃れ現在に至っている。これより「不焼寺(やけずのてら)」の異名がつくようになった。()

本堂
本堂
夜泣止松
夜泣止松

(右上)夜泣止松 1532年の元旦の朝、当山第5世日諦(にったい)が昇堂すると、一人の婦人が嬰児を託し養育を乞うた。寺で預った嬰児は、夜中に母を慕って泣いたという。日諦(にったい)は嬰児を抱いて松の周りを廻ると、夜泣きが止んだという。子は長じて知恵抜群、学識一世に高く、後に第7世日脩(にっしゅう)となり、1580年に正親町天皇より法印の称号を賜った。()