臨済宗。玉巌悟心尼が開基。神仏霊場京都18番。 後光厳天皇妃である無相定円尼とその姪にあたる玉巌悟心尼は金潭素城の下で臨済宗を学んだ。無相定円尼が亡くなると足利義満は尼の岡松殿を尼寺として大聖寺と命名し玉巌悟心尼を開基に任じた。
京都の尼五山最高位にあった景愛寺(無外如大尼が創建したが焼失後現存しない)の末寺となり、大聖寺の住持たちは宝鏡寺と同様「前景愛寺第○世」という称号を持つ。 最初に入寺した皇女は後小松天皇の内親王で、それ以後皇女が入寺している。中興天巌永皎尼が住持のときに「御寺御所」の称号を頂いた。
|